Up 「搾取」のイデオロギー論法 作成: 2019-02-12
更新: 2019-02-17


    玉蟲左太夫 (1857) より:
安政四年サル場所アイヌからの買上げ・売渡し価格表
アイヌからの買上げ価格
品目 単位 価格 (文)
煎海鼠   1ツ 1
干鱈 1束 90
干粕 1束 150
干鮫 1束 56
魚油 1升 100
昆布 1駄 35
椎茸 1ツ 1
アツシ 1反 275
生榀皮 1貫目 28
榀縄 1把 25
(かば) 1貫目 14
鹿皮 大1枚 500
上飼鷲尾 1尻 300
穴熊胆 1匁 280
上獺皮 1枚 500
上狐皮 1枚 200
  
アイヌへの売渡し価格
品目 単位 価格 (文)
玄米 1升  56
清酒 1升 200
濁酒 1升 56
1升 90
地廻煙草 1把 90
田代 (庖丁) 1挺 250
間切 (小刀) 1挺 28
夷椀 1ツ 35
小針 1本 4
火打 1ツ 28
1挺 100
行器 1ツ 5500
行器 (蒔絵付) 1ツ 7500
中古手綿入 (古着) 1枚 200
半股引 1足 650
手拭 1対 280

    "アイヌ"イデオロギーは,「アイヌ被虐史」がドグマである。
    そこで,上表は「搾取・虐待」に読まねばならないものとなる。

    「アイヌ学者」は,このオリエンテーションに自らを支配させている者たちである。
    かくして,つぎのように読む:
      門別町史編さん委員会 (1995), pp.416-418
    アイヌからは安く買上げる一方、アイヌへの売渡しにおいては、
    例えば清酒1本を手に入れるためには
      煎海鼠なら 200 個、
      干粕だと 27 本 (1.7 束) 、
      昆布だと25920貫=約 5.8 駄
    が必要となり、
    男性の会所での1日の労賃米は1升、56文であるから、
      約 3.6 日分、
    これは中程度の古着綿入1枚、あるいは白い下帯1本でも同じで、
    漁場稼ぎだと上男で
      4日半分、すなわち5日間
    稼がなければならない。
    同様に、前記「入北記」で "永代張" と記されている
    キセル一本にしても、漁場稼ぎでは上男でも
      2日間
    の稼ぎでは足りない。
    ましてやアイヌにとっての宝器となった "行器" は、
      安くても干粕で 735 本(36束15本)、
      昆布で156駄3貫600匁で、
    会所労働でも
      96 日分、
    漁場稼ぎでは
      122 日分
    の稼ぎでも足りない状態で、
    高価な商品を買わされているといえよう。
    以上のことからも、アイヌは日常生活における労働力、それも低賃金労働力としてのみならず、交易においても場所請負人の独占的な支配の中で、出産物は安く買上げられ、その反面物資購入においては高く買わされるといった、二重三重の搾取の中におかれていたといってよいであろう。

    ここで「学者」たちは,せっせと「日給あたり」計算をやっている。
    しかし,アイヌ女性の運上屋労働だと日給制もあるが,漁撈に就くアイヌは日給制ではない。
    獲った生ものを製品加工し,それを運上屋に買い取らせる。
    このときの買上げ価格が,最初に示した表のうちの「アイヌからの買上げ価格」である。

    「学者」たちは,買上げ価格表を示しておきながら,これの意味をまったくわかっていない(てい)でとんちんかんな計算をやる。
    「学者」とはこんなものかと驚かされるが,実際「学者」とはこの程度のものである。
    彼らは,「搾取・虐待を示さなくっちゃ!」を構えにしてしまっている。
    そこで,外しをやってしまうのである。


    運上屋でのアイヌの稼ぎがどのようなしくみなっているかを,改めて見ておく:
      串原正峯 (1793), p.491
    海鼠引漁は圖のことくなる海鼠引網を夷船に乗せ、海上へ乗出し、((豫))て見立置たる海鼠のある所にて此網をおろし、縄の先に圖のことくなる木の碇を付置、是を最初の所へおろし、凡百間斗も舟を漕行て網をおろし、網に付たる縄の端を船の櫨へ結ひ付、夫より碇の縄を手にて操り、最初の所へくり寄て網を船の中へ引揚るなり。
    能き泙合にて當り漁の時は、一網に百二、三十も引揚るなり。
    終日引て、壹人にて能漁の節は貳千程も取る事あり。
    ‥‥‥
    其日引たる海鼠を 水海鼠と云。未いりこにせず,引上たるまゝなり 船に積たる儘にて運上屋敷の濱邊へ漕来る。 ‥‥‥
    其日の引高に應し
      五百以上引たる夷へは酒壹盃づつ、
      千以上引たる夷へは貳盃づつ、
    右の高引たる夷の腕に矢立の筆にて書記し遣せは、夷會所へ行て腕をまくり見する故、夫を證據に右のにこり酒褒美に呑する事なり。
    是此度出役先の思ひ付にて、はげみの為如斯せしなり。 ‥‥‥
    夷とも改を請て水海鼠を我家々々へ持行、または濱邊にても
    直に大鍋に湯を涌し、引揚たる儘にて鍋へ入しばらく煮る。
    煮上りて是を引上、長壹尺斗の串を(こしらえ)
    夫へ十つゝ串柿のごとくに通し、
    十本 [10 × 10 = 100] を一連として圍爐裡の上へ釣し、
    四、五日も乾し上け、又は日當りにでも干すなり。
    十連にていりこ数千なり [100 ×10 = 1000]。
    束となして會所へ持来る。 ‥‥‥
    交易は煎海鼠百に付玄米五盃、但し壹盃は貳合五勺入椀なり。
      [煎海鼠百 〜 玄米 一升貳合五勺]
    酒なれば右の椀にて三盃づつ、
      [煎海鼠百 〜 酒 七合五勺]
    其外の品と交易なすにも右に准したる價なり。

    「能き泙合にて當り」「終日引て、壹人にて能漁の節は貳千程も取」った者が,これをすべて製品加工したときは,
      [煎海鼠百 〜 酒 七合五勺]
    の交換だと
      (七合五勺) × 20 = 15 升
    の酒を得ることになる。

    これに対し「学者」計算だと,15 升の酒を得るには
      (3.6日) × 15 = 54日
    働かねばならない。


    引用文献
    • 玉蟲左太夫 (1857) :『入北記』
      • 『入北記 蝦夷地・樺太巡見日誌』, 北海道出版企画センター, 1992.
    • 門別町史編さん委員会 (1995) :『新門別町史(上巻)』, 門別町, 1995
    • 串原正峯 (1793) :『夷諺俗話』
      • 高倉新一郎編『日本庶民生活史料集成 第4巻 探検・紀行・地誌・北辺篇』, 三一書房, 1969. pp.485-520.