Up アイヌの収入:基本給+歩合給 作成: 2019-02-14
更新: 2019-02-14


    運上屋の「アイヌ雇用」は,つぎの表に示されるものである:
      玉蟲左太夫 (1857), pp.253-256
    [サル領]
    土人給料調
      正月下旬ヨリ十一月下旬迄
    一 土人給料 十三貫六百文
    十貫百文
    六貫八百文
    一 女土人 十貫百文
    六貫八百文
       〆

    出産物買入直段調
    一 煎海鼠 一ツ 代銭 一文
    但一日数二百以上取候者へは酒二合二勺ヅヽ手当遣候
    一 干鱈 二十本結 一束 九拾文
    一 干かすへ 百五拾文
    一 干鮫 五十六文
    一 魚油 壱升 百文
    一 昆布 目形四貫五百目ニ付 三十五文
    一 椎茸 一ツ 一文
    一 アツシ (一反) 二百七拾五文
    一 生榀皮 壱貫目 二拾八文
    一 榀縄 一把 二拾五文
    一 (かば) 壱貫目 十四文
    一 鹿皮 五百文
    三百文
    二百文
       〆

    御軽物買入直段調
    一 上飼鷲尾 一尻 代銭 三百文
    一 中 同 一尻 二百五十文
    一 下 同 一尻 百五拾文
    一 穴熊胆 目形一匁ニ付 二百八十文
    但十匁已上ハ一匁ニ付二拾文増シ
    一 上野熊胆 目形一匁ニ付 百文
    一 中 同 目形一匁ニ付 五拾文
    一 下 同 目形一匁ニ付 三十文
    一 上穴熊皮 一枚 一貫百五十文
    一 中 同 一枚 八百五拾文
    一 下 同 一枚 七百文
    一 上野熊皮 一枚 一貫文
    一 中 同 一枚 八百文
    一 下 同 一枚 六百文
    一 縞鼠皮 一枚 二十八文
    一 上獺皮 一枚 五百文
    一 中 同 一枚 四百文
    一 下 同 一枚 三百文
    一 上狐皮 一枚 二百文
    一 中 同 一枚 百五十文
    一 下 同 一枚 百文
    一 貂皮 一枚 五十六文
       〆

    土人江諸品売渡直段調
    一 玄米 一升 五十六文
    一 酒 二百文
    一 麹 九十文
    一 濁酒 五十六文
    一 地廻(たばこ) 一把 九十文
    一 永代張 一本 百文
    一 田代 一挺 二百五拾文
    一 間切 一挺 二拾八文
    一 土人椀 一ツ 三十五文
    一 針鉄 百目 三百文
    一 革縫針 一本 八文
    一 小針 一本 四文
    一 火打 一ツ 二拾八文
    一 鎌 一挺 百文
    一 蒔絵形付行器 一ツ 五貫五百文ヨリ
    七貫五百文マデ
    一 小田原食寵 二貫五百文
    一 台盃 上 一組 弐貫文
         中 一貫六百文
    一 酒桶 大 一ツ 一貫八百文
         小 一貫四百文
    一 カモ/\ 一ツ 百八十文
    一 提子 一ツ 百五拾文
    一 網糸 一繰 四文
    一 褐布 一尺 四十文
    一 上代染 一尺 四拾文
    一 古手綿入 上 一枚 二貫四百文
           中 二貫文
    一 白下帯 一筋 二百文
    一 長裂織 上 一枚 一貫百五拾文
          中 八百五十文
    一 短裂織 一枚 六百文
    一 鍋 一升焚ニ付 二百五十文
    一 半股引 一足 六百五十文
    一 手掛(拭)(ルビ) 一対 二百八十文
       〆
    一 カスベ
    一 鱈
    一 鰯 油
        〆粕
    一 昆布
    一 煎海鼠
    一 鹿皮
      辰ノ年合石千五拾四石八斗二升二合五勺
      巳ノ年合目形三千八百七拾八貫匁
          此石九拾六石九斗五升


    運上屋でのアイヌの仕事は,漁撈である。
    運上屋は,アイヌに漁撈環境を用意する。
    アイヌは漁をし,獲ったもの (生もの) を製品 (保存食形態) へ加工する。
    そしてこれを運上屋に持っていく。
    このときの買入のレートが,上に引用した中の「出産物買入((値))段」である。

    漁は海が比較的穏やかなときでないと出られない。
    「出産物買入直段」の表の中にある漁撈産物以外の品は,漁が無いときの稼ぎとなるものである。
島田元旦 (1799)


    漁は気象に左右されるばかりでなく,不漁・凶漁もある。
    そして,体調不良で仕事ができないこともある。
    そこで,基本給というものが必要になる。
    「最低これで過ごせ」という給与である。
    これが,上に引用した中の「土人給料」である。

    このように,運上屋でのアイヌの収入は,基本給と歩合給でなっている。


    運上屋はまた,アイヌの常時交易所でもある。
    アイヌは狩猟でとったものを製品加工して,運上屋に売ることができる。
    このときの買入のレートが,上に引用した中の「御軽物買入直段」である。

    アイヌAから運上屋が買い取った額は,帳簿に記載される。
    これがAの「財布」である。
    Aは,「財布」に入っている額のなかで,運上屋店舗で売っているアイヌ用生活物品を買うことができる。
    このときの値段が,上に引用した中の「土人江諸品売渡直段」である。


    "アイヌ" イデオロギーは,運上屋をアイヌ虐待・酷使・搾取の場として物語る。
    イデオロギーは,「目的達成のためにはどんな手段も許される」を立場にするものであるから,いろいろ卑怯なトリックを使ってくる。
    この度のトリックは,《基本給を全収入に見せかける》である。
    そしてこの額──「土人給料」──を「土人江諸品売渡直段」を比べさせるわけである。

    残る「出産物買入直段」「御軽物買入直段」の方は,「搾取」に使う。
    「安く買いたたかれている」と見せかけるのである。
    前のトリックを小学生レベルとすると,このトリックは中学生レベルといったところで,少し高度である。

    価値は,交換で発生する。
    引用した表はサル領のものだが,煎海鼠一ツの価値はサル領では一文である。
    これを本州にもっていくと何倍もの価値になる。
    付加価値を実現しているものは,蝦夷地と本州を行き来する帆船航海の困難・危険と必要経費全体である。
    アイヌが煎海鼠一ツ一文の交換に不満を持たないのは,これが労働の対価であることを承知しているからである。
    「煎海鼠の値段」などというものは考えない。
    実際,値段を言い出せば,海鼠はもともとタダである。

    "アイヌ" イデオロギーは,蝦夷相場の労働対価を,本州相場の煎海鼠の値段にすり替える。
    そして「安く買いたたかれている」と言うわけである。

    もっとも,「中学生レベル」とは言ったが,このロジックがわかるためには,やはり経済学──商品論──の素養が一定程度要る。
    「アイヌ学者」が "アイヌ" イデオロギーに簡単にだまされてしまうのは,この素養を欠いていることが直接の理由ということになる。


    引用文献





"; ?>