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知里真志保 (1937) :『アイヌ民譚集』
岩波文庫, 1981, pp. 167,168
普通にいわゆる「アイヌ」という概念は, 厳密にこれをいうならばよろしく「過去のアイヌ」と「現在(および将来)のアイヌ」とに区別せらるべきである.
人種学的には両者はもちろん同一であるにもせよ, 各々を支配する文化の内容は全然異る.
前者が悠久な太古に尾を曳く本来のアイヌ文化を背負って立ったに対し,後者は侮蔑と屈辱の附きまとう伝統の殻を破って,日本文化を直接に受継いでいる.
だから,「過去のアイヌ」と「現在(および将来)のアイヌ」との間には, 截然たる区別の一線が認識されなければならないのである.
普通に「アイヌ生活」とか「アイヌ民俗」とかいえば,必然的に「過去のアイヌ」の生活や習俗を意味すべきはずなのに, とかく「現在のアイヌ」のそれのごとく誤解されがちなのは, 当然に区別さるべき二概念が,「アイヌ」なる一語によって、漫然と代表せられていることに起因する.
‥‥‥
かくて,今日においてもなお,案外に多くの人々が,アイヌとさえ聞けば,いまだに熊と交渉を有って,文献の示すがごとき原始的な生活を営んでいるものと想像し,アイヌ民族に関して何か書く所があれば,それが直ちに現在の生活であるかのごとく思惟してしまう.
例えば今でも男は楡の皮糸で織ったアツシなるものを纏い,女は口辺に入墨を施し,熊祭の行事を営み,鮭や熊の肉を主食物となし,暇さえあれば詩曲や聖伝を誦し合って,老も若きも例外なしにアイヌ語の中に生活しているものと思い決めてしまう.
しかしながら実際の状態はどうであったか.
なるほどいまだに旧套を脱しきれない土地もあるにはある.
保護法の趣旨の履違えから全く良心を萎縮させて,鉄道省あたりが駅頭の名所案内に麗々しく書き立てては吸引これ努めている視察者や遊覧客の意を迎うべく,故意に旧態を装ってもって金銭を得ようとする興業的な部落も二,三無いでは無い.
けれどもそれらの土地にあってさえ,新しいジェネレーションは古びた伝統の衣を脱ぎ捨てて,着々と新しい文化の摂取に努めつつあるのである.
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知里真志保 (1955) : 平凡社『世界大百科事典』第二版, 第一巻,「アイヌ」, 総説 (p.34)
東アジアの古種族の一つ.
アイヌとはく人〉の意で, なまってくアイノ〉ともいわれた.
古くは日本の内地にも住み,日本歴史の上ではくえぞ〉くえみし〉(蝦夷,夷, 狄)とも呼ばれた.
樺太(サハリン)のアイヌ語に雅語でく人〉を意味するくエンチウ〉という語があり, くえぞ〉くえみし〉はそれから出たといわれる.
アイヌはもと千島(クリル列島), 樺太, 北海道に住み, それぞれ, 千島アイヌ, 樺太アイヌ, 北海道アイヌと呼ばれた.
このうち, 千島アイヌ(97人)は, 1884年(明治17)に根室の小島シコタン(色丹)に移されて, 色丹アイヌとも呼ばれたが, 年々減少して数人を残すのみになり, 今は日本人の中に姿を没してしまった.
樺太アイヌは, 南樺太の東西両海岸各所に集落をつくって, 主として漁民の生活を送っていたが, これも第2次世界大戦後はほとんど北海道に移住してしまった.
今は樺太アイヌも北海道アイヌも等しく北海道に住んでいるわけである.
人口は, 北海道アイヌ約1万5000,樺太アイヌ約1300といわれているが, 正確な数は不明である.
今これらの人々は一口にアイヌの名で呼ばれているが,その大部分は日本人との混血によって本来の人種的特質を希薄にし, さらに明治以来の同化政策の効果もあって,急速に同化の一途をたどり, 今やその固有の文化を失って, 物心ともに一般の日本人と少しも変わるところがない生活を営むまでにいたっている.
したがって, 民族としてのアイヌはすでに滅びたといってよく,厳密にいうならば, 彼らは, もはやアイヌではなく, せいぜいアイヌ系日本人とでも称すべきものである
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- 知里真志保によるアイヌ語彙採集地
村山七郎 (1992), p.98
- 自著
- 『分類アイヌ語辞典 第1巻 (植物篇)』, 日本常民文化研究所, 1953
『知里真志保著作集 別巻 1 (分類アイヌ語辞典 植物編・動物編)』(平凡社, 1976) に所収
- 『分類アイヌ語辞典 第2巻 (動物篇)』(遺稿), 日本常民文化研究所, 1962
『知里真志保著作集 別巻 1 (分類アイヌ語辞典 植物編・動物編)』(平凡社, 1976) に所収
- 『分類アイヌ語辞典 第3巻 (人間篇)』, 日本常民文化研究所, 1954
『知里真志保著作集 別巻2 (分類アイヌ語辞典 人間編)』(平凡社, 1975) に所収
- 「アイヌ語獣名集」, 北大文学部紀要 (抜刷)
『知里真志保著作集 3 (生活誌・民族学編)』(平凡社, 1975) に所収
- 『地名アイヌ語小辞典』, 北海道出版企画センター, 1956
- 『和人は舟を食う』, 北海道出版企画センター, 2000
- 「和人わ舟お食う」
- 『続随筆北海道』, 札幌青磁社、1947.
- 『和人は舟を食う』, pp.60-71.
- 青空文庫
- 「言語と文化史──アイヌ文化の探究にあたりて」,
- (河野広道/共著)「性に関するアイヌの習俗」
- 「図書館通い──私の中学時代」
- 「アイヌ語学」
- 「アイヌ宗教成立の史的背景」
- 平凡社『世界大百科事典』第二版, 第一巻, 1955,「アイヌ」の項,【総説】
- 『アイヌ語入門──とくに地名研究者のために』, 楡書房, 1956
- 復刻版 : 『アイヌ語入門──とくに地名研究者のために』, 北海道出版企画センタ, 1985
- 「アイヌ歌謡集 第1集」, 日本放送協会放送文化研究所, 1947
「アイヌ歌謡集 第2集」, 日本放送協会放送文化研究所, 1948
- 『アイヌの神謡』, 北海道帝国大学「北方文化研究報告」第9輯,第16輯別刷 合綴, 1954-1961
- 『知里真志保著作集 1 (説話・神謡編1)』, 平凡社, 1973
『知里真志保著作集 2 (説話・神謡編 2)』, 平凡社, 1973
- 知里真志保, 小田邦雄『ユーカラ鑑賞』, 元々社, 1956
- 『ユーカラ鑑賞──アイヌ民族の叙事詩』, 潮文社, 1968
- 『アイヌ文学』(民族教養新書), 元々社, 1955
- 復刻版 : 『アイヌ文学』(民族教養新書), 知里真志保を語る会/登別, 2011
- 『アイヌ民譚集』, 郷土研究社, 1937
- 岩波書店 (岩波文庫), 1981.
- 引用:「後記」
- 「神謡について」
- 知里幸惠『アイヌ神謡集』, 岩波書店, 1978, 付録
- 参考文献
- 砂沢クラ, 「真志保さんにアイヌ語教える」
『ク スクップ オルシペ 私の一代の話』, 北海道新聞社, 1983, pp.217-219.
- 藤本英夫, 『知里真志保の生涯──アイヌ学復権の闘い』, 草風館, 1994.
- 湊正雄, 『アイヌ民族誌と知里真志保さんの思い出』, 築地書館, 1982
- 村山七郎 (1992) :『アイヌ語の起源』, 三一書房, 1992.
- 参考Webサイト
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