1937年、屈斜路湖のコタンでヒグマの木彫りなどの民芸品を製造・販売する店を開業する。「アイヌ民芸品としての木彫製作・販売の先駆者」としている文献もある。‥‥‥
1946年、北海道アイヌ協会釧路支部の初代支部長に選ばれる。
1948年、帯広市の伏古コタンに移り住み、「北人民芸社」を設立し、アイヌ文様をあしらったサラダボウルとパイプスタンドなどの木彫り品1万点以上のアメリカへの輸出の商談が決まりかけ、衆議院議員の本名武が経営する本名木材から材料を掛けで調達し、商品を製造したが商談は結局破談になり、「北人民芸社」は廃業することとなる。
1949年、釧路市に戻る。
その後も、民芸品製造やアイヌ語研究で活躍する。
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