Up 医療崩壊 vs 生活崩壊 作成: 2020-03-30
更新: 2020-03-30


    ひとはいま,「自粛」モードに従って,生活崩壊に甘んじている。
    この「自粛」は,医療崩壊を防ぐためのものである。
    医療崩壊と生活崩壊を秤にかけ,医療崩壊の方が重いとする考え方が,支配しているわけである。

    ひとは,「医療崩壊 > 生活崩壊」を計算したわけではない。
    思考停止で「医療崩壊 > 生活崩壊」と定めているだけである。

    「医療崩壊 > 生活崩壊」を誘導したのは,医療に携わる者である。
    医療に携わる者の都合を,他のすべての者の都合より優先されるものとした。
    そして他のすべての者が,思考停止でこれを受け入れた。


    「医療崩壊」の内容は,集中治療のパンク──要集中治療患者数に対し施設・設備・装置・人間の数が絶対的に不足──である。
    さて,「要集中治療患者数に対し施設・設備・装置・人間の数が絶対的に不足」は,「生活崩壊」より本当に重いのか。
    ひとが先ず考えるべきは,ここである。

    実際,新型コロナウィルスに対し,医療は無力である。
    治す術は無い。
    「集中治療」といっているが,その中身は「看護」である。

    そもそも,インフルエンザ,肺炎の死亡数は,実際どんなものか。
    平成30 (2018) 年度では,つぎのようになっている:
        死亡数 死亡率
        インフルエンザ 3 323 2.7
        肺炎 94 654 76.2
      (厚労省『平成30年(2018) 人口動態統計月報年計(概数) の概況』より)
    肺炎の死亡率はもともと高い。
    新型コロナウィルスによる死亡数・死亡率も,この範疇のものである。


    パンデミックでは「集中治療のパンクは仕方がない」が良識になる。
    しかしこの良識は,パニックの中のひとに求めるのは無理なものになる。

    「自粛」でひとの生活を犠牲にするのは,医療関係者のエゴである。
    彼らは,「人工呼吸器」をこの世のいちばんの大事に見せかける。
    政府は医療関係「有識者」に諮問するので,彼らの言い分をそのまま受けるものになる。
    そして,行政各府の長は,「命・健康第一」を言っている限り失政はないことになるので,「自粛」を唱えるばかりとなる。

    いま進行していることは,「パンデミック」ではない。
    「パニック」である。