| Up | 動物の言語 | 作成: 2026-01-03 更新: 2026-01-04 |
「言語以前と言語」も,立たなる。 動物は,意味(メッセージ)連関の中に生きている。 意味連関は,つぎの2通りに論じることができる: 間主体の意味連関 この「意味連関」には, 「群れ」の多様な形,言語,社会,制度,倫理 といったものが,すべて含まれることになる。 言語は,「専門言語」として考えるものになる。 動物の生態それぞれに専門性が対応するわけであるから, どの言語も「いちばん」ということになるのである。 人間の言語をいちばんと思うのは,他の言語を知らないためである。 意味連関は,それ自体言語であるから,アフリカのサバンナの動物集団は全体で,共通の言語を使っていることになる。 動的ながら安定が保たれているのは,各員が言語の文法と意味を正しく使っていることの現れである。 翻って,人間の言語は,言語からのかなりの逸脱ということになる。 特徴は,意味の希薄化・剔抉である。 「言語には差異しかない」になった。 メッセージからプレイスホルダに変質したわけである。 この言語を言語だと思うと 「動物には言語は無い」の言になる。 人間の言語は, 「文法 (文生成規則) 対 意味」 で説明される。 しかし,意味=言語ゲームであり,そして文法は言語ゲームに解消される。 「文法 対 意味」 は,カテゴリー・ミクテイクである。 そしてこの言語ゲームが,動物の言語である。 言語は,物理的現象としては,<信号発信を交わす>である。 発信を「話す」,受信を「聴く」,と謂う。 動物は同種・異種の間でメッセージを交換しているわけだが,これは,「話す・聴く」の信号交換である。 「動物の言語」を考える要点は,「話す・聴く」を広義に考えることである。 カラスは,獲物のお裾分けをもらうために,猟師を案内することがある。 この場合,自分の姿を漁師に見せることが,「話す」である。 漁師は,これを「聴く」。 そして,カラスについて行くことが,「応答」である。 わたしが付き合っていたカラスは,狐が敷地内の入ってくると,「追い払ってくれ」の鳴き声をわたしに発する。 なぜわたしに発していることになるかというと,鳴き声は,きつねに対する威嚇にはならないからである。 そしてこの場合,わたしを見た狐が退去したら,「話す・聴く・応答」の成立である。 「動物の言語」を認めないときの言い方は, 「それは言語でなく,信号だ」 である。 しかし,信号を発し合うゲームが言語。 信号と言語を並べて比べるのは,カテゴリー・ミステイクである。
言語は,信号を発し合うゲーム |