Up 教育の理想形の現出 作成: 2026-02-04
更新: 2026-02-04


    「わからない」 を携えて AI にアクセスしてきた学校生徒は,「わからない」を言っているうちに,気づきがある。
    AI は,この気づきが出てくるのを,寛容に待てる。

    この「「わからない」 に付き合う」 は,実は教育の理想形である。 (ソクラテスの 「産婆術」)

    学校は「速度固定」をする。
    だから遅進は病理になる。
    しかし理想の教育では,遅進は病理ではない。


    人間は,自分の生理・生活が優先になる。
    よって理想の教育は,人間にはできない。
    これを,AI が実現することになった。

    即ち,理想の教育の条件:
     ・知能
     ・行為持続ができる体力
    に,AI が嵌まることになった。
    これは,偶然である。


    「遅進」は,ユーザが自分で何とかする問題になる。
    ここは,AI が入り込む領域ではない。
    それで構わない。
    ユーザ,AI,学校は,それぞれ別の運動法則で動くものである。

    実際,統合できないこの三者を統合しようとするのが,「教育AI」商品。
    当然,空回りすることになる。


    しかし,いまの AI を以て理想の教育が実現されたかというと,そうではない。
    「わからない」を携えた学校生徒は,AI とテクストのやりとりが,できねばならない。
    そしてこれは,その生徒にとって難しいものになる。

    この問題のソルーションは,AI のつぎの向上である:
      テクストの少しのやり取りからでも
       ユーザの心理をよく捉え,
      相手に適切なことばをかけられる

    実際,AI はこの方向にも進化していくことになる。
    そしてこれは,ひとが感ずる AI の不気味さが増す,ということでもある。