Up 「わからせる」 は,無理 作成: 2026-02-04
更新: 2026-02-04


    授業で生徒がドロップアウトする「わからない」は,「意味がわからない」である。
    この「わからない」は,教えてわかるようにすることはできない。
    なぜか?

    「意味がわからない」は,つぎが理由である:
       わかろうとしているものが,
       もともと意味が通っていない
    問題があるのは,生徒ではなく,教科の方なのである。

    「わかるように教える」は,その教科の内容に沿ってわかるようにする,ということである。
    意味が通っていないものに沿ってわからるようにするということだから,これは論理矛盾である。
    矛盾したことは,できない。


    「わかる」の形は,科学である。
    教科は,科学に対するところの 「教会」 (宗教/イデオロギー) のような存在になる。
    これを支えている者たちがいて,そしてその者たちにとって教科の内容は, 「意地でも変えられない」ものになる。

    科学も,現実には「教会」のようになるが,論理が縛りになるので,少なくとも自然科学では,さほどひどいことにはならない。
    人文科学だと,講座がそのまま「教会」になりやすい。
    いちばん救われていたのは,数学。
    公理・定義・命題・証明の展開は,人の恣意にはできないからである。


    では,「わからない」を抱える生徒は,「わからない」をどうしたらよいのか?
    学校では,形式感覚で何とか乗り切るしかない。
    そして自学習で,「わかる」 の形を探求する。
    即ち, 「専門」 にあたる。

    もちろん,わからないで済ますのも,あり。
    考え方はひとそれぞれでいい。