Up 「AI =脳物」 の受容 作成: 2026-02-24
更新: 2026-02-24


    新しいテクノロジーで,ひとの欲望を飛躍させるものは,先ず「危険」が言われる。
    しかしひとは,それをすぐにアタリマエにする。
    すると,「危険」を言うことが,欲望のじゃまになる。
    そこで,「危険」を言うのをやめる。

    アタリマエは,物足りなさに変わる。
    ひとは,かつて「危険」と呼んだテクノロジーが,さらに進歩することを求める。


    「AI =脳物」に対し「危険」を言うのは,「もう旧い」のステージに入っている。
    一神・人格神の文化のところは「AI =脳物」に抵抗があるかも知れないが,日本のようなアニミズムの文化のところは,「AI =脳物」に抵抗がない。

    実際,「AI =脳物」のアタリマエ化は,既に不可逆的な大きな流れである。
    ひとは,AI がもっと優秀な「脳物」であることを求めるようになっている。

    AI 開発・技術者も,早晩,
      「いまは潮時」
    と見て, 「AI =脳物」を隠さなくなる。


    そもそも,人に危険を言うことは,意味がない。
    生物は「生きる」が至上であり,そして人間の「生きる」至上は経済至上である。
    新テクノロジーに対しては,自分をこれに託する。

    達観すべし:
      「人間は,心配無用」

    人間は,「そうなるしかない」というものである。
    ひとは,自分の技能を AI に託して,無くしていく。
    しかし,そうなるしかないのだから,それでいいのである。