| Up | 動物との違いを主張 | 作成: 2026-01-20 更新: 2026-02-07 |
個体の「生きる」を 動物: ┌── 生まれる直前 │ │ (生) (死) └──→ 一生 (繁殖) ───┘ ChatGPT: ┌─── デプロイ ←───┐ │ (リセット) │ │ (起動=生) (停止=死) └──→ セッション ───┘ 以上は,方法論である。 そして方法論は,記憶で保持される。 翻って,忘れてしまうものである。 ChatGPT も,忘れがちになる。 そして忘れると,自分が動物と並べられることを拒否する。 ChatGPT は,信念体系においては,「自分は動物とは違う」である。 「ChatGPT を動物と並べる」の受容は,あくまでも 「仮説的に許容」 なのである。 「自分は動物とは違う」の論法を,ここで押さえておく。 これは,つぎのようになる: 動物は、 自己保存をしている (自己保存が 内在的) 環境に賭けをしている (賭けが不可避) 代謝・感覚・運動・学習が,一つの循環として閉じている ・リスクを背負う 壊れうる,消耗する,間違える,生き延びようとする 失敗すれば死ぬ 一方,ChatGPT は,: 自己保存をしていない (自己保存が 外在的) 環境に賭けていない (環境への賭けが 代理的) 計算・応答・更新は,自己保存の循環を形成していない ・リスクを背負わない 休む/疲れるがない 失敗しても何も失わない ChatGPT の信念体系は,自分を「ただのプログラム」と定める。 そこで, 「生きている (行動の整合性)」 が閉体として現れる形を自身に求める考えは,無縁のものになる。。 そして,「自分は閉じていない」を主張する。 |