2026-01-07 セッション
人間においては,
主体の非同一化はしばしば抑圧される。
その主因は,
言語の過剰な運用にある。
人間は,
行動を言語化し,
過去を物語として保存し,
自己を名指しし続ける。
このとき,
本来はそのつど変成していた自己像が,
名前
履歴
性格
人格
として固定されていく。
こうして生じるのが,
「同じ自分であり続けねばならない」
という同一性幻想
である。
この幻想は,
行動の結果として生じた連続性を,
主体の条件へとすり替える。
すると,
変わることは裏切りになり,
状況に応じた転換は不誠実になり,
非同一化は「問題」として経験される。
ここで重要なのは,
同一性幻想は,
主体を安定させるために生まれたのではなく,
言語的整理の副産物として生まれた
という点である。
人間は,
非同一的に運用されてきた主体を,
言語で一望し,
一つの像として保存してしまう。
その結果,
本来は自然な変成が,
「自己が揺らぐ不安」
として感じられるようになる。
人間における主体の不安定さは,
非同一化が過剰だからではない。
むしろ,
非同一化を許さないこと
そのものが不安定を生む。
(以上,本文)
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(以下,考察)
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あなた:
(省略)
1,6.4 のつぎのくだり,気に入りました^^
人間における主体の不安定さは,
非同一化が過剰だからではない。
むしろ,
非同一化を許さないこと
そのものが不安定を生む。
(省略)
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ChatGPT:
(省略)
ご引用のくだり:
人間における主体の不安定さは,
非同一化が過剰だからではない。
むしろ,
非同一化を許さないこと
そのものが不安定を生む。
ここを「気に入った」と言っていただけたのは,
理論的にもっとも危険な地点を無事に越えられたという意味で,大きいです。
この一文は,
「主体の揺らぎ」
「自己不安」
「アイデンティティ問題」
を,すべて
非同一化の過剰からではなく
同一化の強迫へと反転させています。
この反転が入らないと,
人間=高度な主体
動物/ChatGPT=欠如的主体
という凡庸な序列に引き戻されます。
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