Up | 作成: 2024-06-26 更新: 2024-06-27 |
そうするように教えられてきたからである。 しかし「乾燥気候」は,理論的に不適正なことばである。 科学は,事象の蓋然的な捉えを,数値化という方法で厳密化しようとする。 事象を数値化することが,事象を科学にのせるということである。 「空気が乾燥」に対しては,科学は「湿度が低い」の数値表現をつくる。 「湿度」は,「いまの気温の飽和水蒸気量に対するいまの水蒸気量の比」と定義される。 ところで大気中の水分子の密度は,時と所でそんなに変わるものではない。 したがって水蒸気量も,時と所でそんなに変わるものではない。 実際,湿度の変化は,水蒸気量の変化ではなく気温の変化なのである。 どういうこと? 気温が高いことは飽和水蒸気量が多いことである。 よって,水蒸気量は変わらないのに,気温が高くなると湿度が下がり,気温が低くなると湿度が上がる。 こういうわけで,「乾燥気候」ということばには,実体がない。 サハラ砂漠 (サハラの サハラ砂漠については「日中は 50度を超え,夜間は氷点下まで冷え込む」のようなことが言われる。 そうであれば,サハラ砂漠は,夜間は高湿度になり,冷えた地表には結露が生じ,空気中にも水滴が漂うことになる。 実際,サハラ砂漠にも生態系はあり,そこの生き物に必要な水は,この形で供給されているわけである。 この水を「夜間水」と呼んでおこう。 「大気中の水蒸気量はそんなに変わるものではない」ということは,夜間水が降水量と相補的な関係にあることを意味する。 日本のような「湿潤気候」は降水量が多く,サハラ砂漠のような「乾燥気候」は,降水量が少ない代わりに夜間水が多い,となるわけである。 ひとはそう思っていないが,サハラ砂漠の土中は水で潤っている。 このように,「降水量が少ない」は,「大地の受け取る水が少ない」ではない。 気象学は「降水量が少ない」で「乾燥気候」を定義しているが,これは間違いである。 ──「間違い」のことばがきつければ,少なくとも「ミスリーディング」である。 |