Up 人はサバクに棲む生き物 作成: 2024-06-24
更新: 2024-06-24


    「サバク化」のことばは,ネガティブな意味に使われる。
    そしてその論調は,「人の活動が,意図しているわけではないが,サバク化を引き起こしている」。

    事実は,そうではない。
    サバク化は,人の最初からの意志である。
    なぜなら,人はサバクに棲む生き物だからである。

    「ジャングルの住人」といっても,その意味は「生活の糧をジャングルから得ている人」であって,居所の周りは草木を払うし,居所の適地はジャングルの縁であって中ではない。
    ひとは,生活の糧に困らないなら,本来サバクに棲みたい生き物なのである。

    なぜサバクがいいのか?
    他の生き物に悩まされることが少ないからである。
    遠くを見通すことができるので,危険な生き物の接近がわかるからである。
    人は,脆弱な生き物として,サバクが居所の適地になるのである。


    こうして,人がサバクを好むことは,習性になっている。
    そしてこの習性は,現代人にもしっかり受け継がれている。
    受け継がれているばかりでなく,いっそう大仰になっている。

    即ち,蟲や雑草・菌類を嫌悪する。
    目に見えない微小動物・細菌・ウイルスに怯える。
    ──製薬企業は「防○○剤」を謳って,彼らをカモにする。

    現代人が理想の居住地としてつくる都市は,まさしくサバクである。
    街路樹や花壇は,サバクの疎植生をそっくり写している。
    現代人が許容できる「自然」は,ここまでなのである。


    ひとは,市民として生きることを択び,都市に流れる。
    食糧生産者は,自然に対し否応(いやおう)を言える立場ではないので,自然に対し耐性がある。
    しかし市民は,食糧生産に無縁な者として,自然に対して否を言うばかりの者になる。
    自然に対し,脆弱な者になるのである。

    実際,NHK は夏の暑さ,冬の寒さ,梅雨の雨といったアタリマエの気象に,危険を警報する。
    小さな地震を大袈裟に報道する。
    これは,人が市民になり,脆弱化しているためである。
    ひとはマスコミと協同で,己の生活可能閾値を狭めることに躍起になっている。


    しかし人が生活の適地にしているサバクには,絶対的な危険がある。
    それは,大凶作と隣り合わせだということである。

    ジャングルの住人は,ジャングルに出かけて食糧を得る。
    サバクの住人は,サバクで牧畜・農作をして食糧を得る。
    前者は自然の気紛れへの耐性があるが,後者は極めて弱い。

    今日「サバク化」の危機が (地味ではあるが) 唱えられているが,この危機は「都市人口の爆発」と合わさっての危機である。
    いまの「世界人口の増加」の内訳は,「都市人口の爆発」なのである。
    ここに大凶作が世界的規模で起こるとどうなるか?
    餓死者が大量に発生する。
    これに伴う動乱が各地で起こる。
    「共同体の分化・絶滅」のプロセスへ進むというわけである。


    強調するが,これは「何とかせねば」という話ではない。
    大凶作と共同体の分化・絶滅は,サバクに棲む生き物の宿命である。
    そして,世界がグローバル化したいまの時代は,共同体の分化・絶滅の規模もグローバルになるというだけのことである。
    「是非も無し」