Up 「個体」の概念 : 要旨 作成: 2016-03-30
更新: 2016-03-30


    「個体」の捉えは,自明ではない。
    個体は,「個体とは何か?」と考え出すと,わけがわからなくなる。

    個体は,<系の個>として個体である。
    そして,個体はそれ自体,系である。
    個体を考えることは,系を二重に考え合わせることである。
    そして,系を合わせて考えるとき,「個体」という画定が立たなくなってくるのである。


    実際,個体は,生きている個体である。
    「個体」の画定は,生きている個体から外部者を引き算する作業である。
    どんなものが「外部者」になってくるか?
    体表・体内の共生微生物 (その数は体の細胞数をはるかに超える) ,代謝プロセスの中の様々な化学物質,その他。
    (しかし,例えば体の中の水分は,どこまで外部者でどこまで個体自身か?)
    こんなふうに外部者を挙げて引き算すると,何が残っていくか?
    それは,生きている個体でなくなってしまうのはもちろん,死体でさえない。

    「個体」の概念は,「生命の所在」のように考えても,立たない。
    たとえば,プラナリア。
    これをぶつ切りにする。
    人の切断された指を「個体」と呼ばないのであれば,プラナリアをぶつ切りした各破片は「個体」ではない。
    しかしこの破片からは,プラナリアの成体が再生する。
    各破片は,「生命の所在」である。

    では,「個体」の概念は,「成体」のように考えると,立つことになるか?
    やはり,だめである。
    再生のグラデーションのどこかに「成体成立」の切断線を入れるロジックが,立たない。
    人に適用してもおかしくなる。
    人の<発生・成長>のグラデーションのどこかに「成体成立」の切断線を入れるロジックが,立たない。

    植物を考えると,さらにわけがわからなくなる。
    地下茎で増殖する植物の「個体」とは何か?


    以上のことは,何を示しているか?
    《「個体」の概念は,難しい》ではない。
    《「個体」の概念は,ロジカルには立たない》である。

    「個体」は,プラグマティックに使用することばである。
    「個体」のことばの使用は,ウィトゲンシュタインの謂う「言語ゲーム」である。
    生物学においても,この事情は変わらない。