Up 「P2P通貨」の思想 作成: 2020-10-26
更新: 2020-11-11


    「P2P通貨」は,国の法定通貨 (中銀通貨) を「通貨の歪められた形」と見る立場である。
    通貨を歪めるものは,縦割りの思想,中央集権の思想,管理・統制の思想,社会を個人の上に措く思想である。


    「P2P」の概念は,一般的である。
    「P2P」は,縦割りの思想,中央集権の思想,管理・統制の思想,社会を個人の上に措く思想に対するアンチである。
    インターネットの設計と構築には,「P2P通信を実現」の理念があった。
    グローバル経済も,初期衝動は「国境の壁へのアンチ」だったことになる。

    P2Pの実現は,縦割り体制を横断するアナーキーなシステムの構築になる。
    体制側は,はじめはこのシステムの意味がわからない。
    やがて,このシステムの利点が見えてきて,これを利用しようとする。
    つぎに,このシステムの<体制否定>の面が見えてきて,これの管理・統制に乗り出す。

    「P2P通信」を理念にして構築されたインターネットは,体制による制御・管理の憂き目を見ることになった。
    いま,GAFA に対する規制が各国で起こっている。
    「独禁法違反」を理由にしているが,本質は GAFA が「国の中抜き」の権化であるところにある。
    国家権力は,国を中抜きしたり,国境が存在しないかのように国々を楽々と横断しているように見えるものは,許すわけにはいかないのである。


    体制が制御・管理を合理化する論理は,「犯罪退治」である。
    アナーキーなシステムは,「犯罪」を呼び込む。
    ──そもそも,体制にとってはアナーキーそれ自体が犯罪である。
    アナーキーなシステムは,国家権力から「犯罪退治」のロジックで取り締まられる定めにある。

    ひとは「犯罪」を自明なもの──犯罪を見ればそれが犯罪だとわかる──と思っているが,これは「教育」の賜である。
    例えば,脱税や密輸。
    これが犯罪であるのは,国が犯罪と定めているからである。
    体制は,体制の不利益になる行為を「犯罪」と定める。
    「犯罪」の定立が作為であることは,自然界の生物がその存在を以て示している。


    国の法は,正義の実現ではない。
    国が正義として示すものは,いつも特定のカテゴリーの人間にとっての利益である。
    このカテゴリーから外れる者は,不利益を被る。
    「非正規雇用均等待遇」を法にすれば,職を無くし社会の底辺に落ちていく者がいる──といった具合である。

    法が想定する生活困難者は,要保護者か失業者であって,「脱税を生活・生業の工夫とする者」を想定しない。
    ひとのうちには,脱税を生活・生業の工夫とする者がいる。
    消費税がささいなものでなく,生活の圧迫になる者がいる。
    彼らは,徴税の見返りからも外れる者である。
    P2P通貨は,このような者を引き寄せる通貨になる。
    P2P通貨は,国の統制が及ばないうちは,脱税の工夫になるからである。

    こうして,P2P通貨がすこし巨大なものに成長するときは,国が管理・統制に乗り出すことになる。
    インターネットと同じ憂き目に会うことになる。
    「仮想通貨」に対して国がする規制,国がプロジェクトとする「中銀デジタル通貨」は,このような文脈で考えるものである。