「電子マネー」のことばは,ミスリーディングである。
ひとは「電子マネー」を, 「紙幣・金属硬貨をデジタルファイルに替えたもの」の意味に受け取ってしまう。
しかし,デジタルファイル形態の現金は,あり得ない。
この現金は,ファイルコピーの手法で増やす (偽造する) ことができるからである。
実際,「電子決済」は,「電子マネー」の話ではない。
「口座振替決済の電子化」の話である。
いわゆる「キャッシュカード」は,銀行口座振替決済をするものであり,そこには「現金」はない。
プリペイドカードはどうか──そこに「現金」はあるか?
つぎのようになっていれば,そこに「現金」があると言える:
プリペイドカード間の通信で,《一方のプリペイドカードの支払可能金額を減じ,他方のプリペイドカードの支払可能金額を同じ額だけ増やす》ができる。
しかし,これができるプリペイドカードをつくるわけにはいかない。
このようなプリペイドカードをつくることは,やはり現金偽造をできるようにすることだからである。
「仮想通貨」と呼ばれている通貨も,「デジタルファイル形態の現金」ではない。
例えば「ビットコイン」は,つぎのシステムのことである:
- 決済は,通貨ユーザ総てに対する「アドレスAからアドレスBにいくら送金した」のアナウンスであり,このアナウンスが受理されることである。
- 全アドレスの全決済の履歴を,ユーザ総てに持たせる (各ユーザのインターネット端末の中に履歴帳を置く)。
「履歴帳」は,「ブロック・チェーン」の方法でつくる。
「支払いアナウンスの受理」は,「マイニング」をこれの方法とする。
- 決済履歴帳から,各アドレスについて「いまいくらある」が算出できる。
- アドレスは,ユーザがつくったものである。
各ユーザは,つぎのことができるアプリ (「ウォレット」) を,自分の端末にインストールしている:
- 自分がつくったアドレス (複数可) それぞれの「いまいくらある」を見る。
- 自分のアドレスから他のユーザのアドレスに送金する。
──この「送金」の意味は,「全ユーザに<送金した>をブロードキャストする」。
ただし,これをするために,アドレス所有者であることの証明をしなければならない。
ウォレットには,本人認証のキーが含まれている。
- アドレスと本人認証キーは,「公開鍵・秘密鍵」の方法で実現されている。
この意味から,「仮想通貨」は「暗号通貨」とも呼ばれる。
- ユーザが自分の本人認証キーを失うことは,対応するアドレスの「いまいくらある」が永久に使えなくなることである。
見ての通り,「貨幣」に直接対応するものは,存在していない。
ちなみに,"virtual currency" の "virtual" に対する「仮想」の訳は,誤訳である。
virtual currency は,通貨に他ならないからである。
実際,virtual currency は,ひとがこれまでもっていた「貨幣」のイメージを覆すことで,反照的に貨幣の本質を表すのである。── "virtual" (「実質的」) という所以である。
本テクストは,virtual currency の訳語としては「バーチャル通貨」を用いることにし,原理論では「P2P通貨」の語を専ら用いるものとする。
ここで読者には,つぎの疑問が浮かんだかも知れない:
中銀通貨の現金の「デジタル化」は,これの意味を「中銀通貨の P2P通貨版をつくり,紙幣・金属硬貨をこれに替える」にすればよいのでは?
実際,伝えられている主要国の「中銀デジタル通貨」プロジェクト (日本だと「デジタル円」) は,これを構想しているわけである。
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