教育改革国民会議
ひるがえって見るに、日本の教育は、今、大きな岐路に立っており、このままではたちゆかなくなる危機に瀕している。
いじめ、不登校、校内暴力、学級崩壊など教育の現状は深刻である。日本人は、長期の平和と物質的豊かさを享受することができるようになった一方で、自分自身で考え創造する力、自分から率先する自発性と勇気、苦しみに耐える力、他人への思いやり、必要に応じて自制心を発揮する意思を失っている。また、人間社会に希望を持ちつつ、社会や人間には良い面と悪い面が同居するという事実を踏まえて、それぞれが状況を判断し適切に行動するというバランス感覚を失っている。
21世紀は、ITや生命科学など、科学技術がかつてない速度で進化し、世界中が直接つながり、情報が瞬時に共有され、経済のグローバル化が進展する時代である。良くも悪くも世界規模で社会の構成と様相が大きく変化しようとしており、既存の組織や秩序体制では対応できない複雑さが出現している。人間の持つ可能性が増大するとともに弱点もまた増幅されようとしている。従来の教育システムは、このような時代の流れにとり残されつつある。
言うまでもなく、教育は社会の営みと無関係に行われる活動ではなく、今日の教育荒廃の原因は究極的には日本の社会自体にあると言える。しかし、社会全体が悪い、国民の意識を変えろ、というだけでは、責任の所在が曖昧になり、結局、誰も何もしないという無責任状態になってしまう。
戦後の日本の教育は、「他人と違うこと」「突出すること」をよしとしなかった。しかし、「誰でも同じに」では、結局、一人ひとりの個性の発揮を停滞させ、ひいては社会を牽引するリーダーが生まれなくなってしまう。また、違いを認めないということは、平等を重んずるのではなく、むしろ、教育に携わる者の責任感と勇気の欠如を示すものではないだろうか。学校や教職員、教育行政機関とその構成員は、相当の責任を負わなければならない。戦前の中央集権的な教育行政の伝統が関係者の意識の中で払拭されない面がある。納税者の付託に結果として応えられなければ、職責を果たしているとは言えない。その在り方を厳しく問うことが必要である。
教育は社会サービスであり経済活動とは自ずと異なる面を持っている。しかし、教育行政や教育機関の情報を開示し、適切な評価を行うことで健全な競い合いを促進することが、教育システムの変革にとって不可欠である。学校は学ぶための場であり、その本来の機能を果たすようにしなければならない。教育機関はぬるま湯につかっていてはならない。親は子どもの学校が安心して通わせられる良い学校であって欲しいと願っている。学校に刺激を与え、それぞれの学校が不断に良くなる努力をし、成果が上がっているものは相応に評価されるようにしなければならない。
子どもの行動や意識の形成に最も大きな責任を負うのは親である。また、成長に応じて子ども自身の責任も大きくなる。それが教育の基本である。しかし、子どもや親が孤立していたのでは教育は十分に効力を発揮しえないし、親の教育こそが問題であるという場合も少なくない。家庭と教育機関と地域社会がそれぞれの使命、役割を認識し、より効果的な教育のために十分な連携を行うことが重要である。
日本人や日本社会は、これまで、その時代の中でそれなりに教育の営みを大切にし、教育の充実に力を注いできた。明治政府発足時、第2次世界大戦の終戦時など、幾度かの大きな教育改革が行われてきた。これまで、日本の教育は、経済発展の原動力となるなど、その時代の要請に応えるそれなりの成果は上げてきた。しかし、21世紀の入口に立つ私たちの現実を見るなら、現在の教育は危機的な状況にあることは間違いない。私たちは、今後の教育システムを改革し改善するために、誰が何をすべきかを具体的に示した改革案を提示する。
◎教育の原点は家庭であることを自覚する
教育という川の流れの、最初の水源の清冽な一滴となり得るのは、家庭教育である。子どものしつけは親の責任と楽しみであり、小学校入学までの幼児期に、必要な生活の基礎訓練を終えて社会に出すのが家庭の任務である。家庭は厳しいしつけの場であり、同時に、会話と笑いのある「心の庭」である。親が人生最初の教師であることを自覚すべきである。
提言
(1)親が信念を持って家庭ごとに、例えば「しつけ3原則」と呼べるものを作る。親は、できるだけ子どもと一緒に過ごす時間を増やす。親は、PTAや学校、地域の教育活動に積極的に参加する。
(2)地域の教育力を高めるため、公民館活動など自主的社会教育への支援を行う。 (3)企業は、年次有給休暇とは別に、教育休暇制度を導入する。 (4)国及び地方公共団体は、家庭教育を支えるため、親への教育やカウンセリングの機会を積極的に設ける。家庭が多様化している現状を踏まえ、教育だけでなく、福祉などの視点もあわせた支援策を講じる。 |
◎学校は道徳を教えることをためらわない
学校は、子どもの社会的自立を促す場であり、社会性の育成を重視し、自由と規律のバランスの回復を図ることが重要である。また、善悪をわきまえる感覚が、常に学問に優先して存在することを忘れてはならない。
提言
(1)小学校に「道徳」、中学校に「人間科」、高校に「人生科」などの教科を設け、専門の教師や人生経験豊かな社会人が教えられるようにする。そこでは、死とは何か、生とは何かを含め、人間として生きていく上での基本の型を教え、自らの人生を切り拓く高い精神と志を持たせる。
(2)人間性をより豊かにするために、読み、書き、話すなど言葉の教育を大切にする。伝統や文化を尊重するとともに、古典、哲学、歴史などの学習を重視する。また、芸術・文化活動、体育活動を教育の大きな柱に位置付ける。 (3)子どもの自然体験、職場体験、芸術・文化体験などの体験学習を充実する。また、「通学合宿」などの異年齢交流や地域の社会教育活動への参加を促進する。 |
◎奉仕活動を全員が行うようにする
今までの教育は要求することに主力を置いたものであった。しかしこれからは、与えられ、与えることの双方が、個人と社会の中で温かい潮流を作ることが望まれる。個人の自立と発見は、自然に自分の周囲にいる他者への献身や奉仕を可能にし、更にはまだ会ったことのないもっと大勢の人の幸福を願う公的な視野にまで広がる方向性を持つ。
提言
(1)小・中学校では2週間、高等学校では1か月間、共同生活などによる奉仕活動を行う。
(2)将来的には、一定の試験期間をおいて、満18歳の国民すべてに1年間程度、農作業や森林の整備、高齢者介護などの奉仕活動を義務付けることを検討する。 (3)奉仕活動の指導には、各業種の熟練者、青年海外協力隊の経験者、青少年活動指導者などの参加を求める。奉仕活動の具体的内容は、子どもの成長段階などに応じたものとする。 |
◎問題を起こす子どもへの教育をあいまいにしない
一人の子どものために、他の子どもたちの多くが学校生活に危機を感じたり、厳しい嫌悪感を抱いたりすることのないようにする。不登校や引きこもりなどの子どもに配慮することはもちろん、問題を起こす子どもへの対応をあいまいにしない。その一方で、問題児とされている子どもの中には、特別な才能や繊細な感受性を持った子どもがいる可能性があることにも十分配慮する。
提言
(1)問題を起こす子ども以外の子どもたちの教育環境を守る。
(2)問題を起こす子どもに対する教育の方策を講じる。 (3)これら困難な問題に立ち向かうため、教師の資質の向上、とりわけ人格的権威の確立は不可欠である。 |
◎有害情報等から子どもを守る
IT社会の進展に伴って、子どもたちが大量の情報にさらされるようになった。そのことは、学習の機会を提供するとともに、弊害ももたらす。「言論の自由」と同時に「子どもを健やかに育むこと」の大切さは、あらゆる情報産業関係者に自覚されるべきであり、ポルノや暴力、いやがらせや犯罪行為を意図的に助長する情報などから子どもたちを守る仕組みが必要である。
提言
(1)複数のNPOや研究グループなどの民間団体が、自主的に有害情報等をチェックする。その方針を公開して情報のフィルタリングを実施する。国はそのようなシステムの開発や運用を促進し支援する。
(2)保護者団体などが、有害情報を含む番組などのスポンサーとなっている企業へ働きかける。こうした取組を実施するための支援策の形成と法整備を進める。 |
提言
(1)小人数教育を推進する。学年の枠を越えて特定の教科を学ぶことができる習熟度別学習システムを導入する。
(2)大学入学年齢制限を撤廃する。 (3)過度の受験競争を減らし、子どもたちの学習環境の選択の幅を広げるため、公立学校の半分程度を中高一貫教育校とする。 (4)高校での学力向上を目的として、学習達成度試験を実施する。 |
◎記憶力偏重を改め、大学入試を多様化する
小学生は生き生きしているにもかかわらず、中学校、高校、大学と進むにつれて日本の子どもはくすんでくるという指摘がある。その背景には、中学時代から大学受験を意識しすぎて、偏った勉強しかしないことがあろう。その意味でも、大学入試は、記憶力のみを測る一面的なものであってはならない。
提言
(1)高校での学習達成度試験の活用、面接、小論文、推薦、アドミッション・オフィス入試などを採用し、大学入試を多様化する。
(2)国際化を促進し、高校卒業後の学生に社会体験などの時間を与える観点から、大学の9月入学を積極的に推進する。 (3)一定の割合の受験生を暫定的に入学させ、1年間の成果によって改めて合否を判定する「暫定入学制度」を実施できるようにする。 |
◎プロフェッショナル・スクールの設置を進める
我が国には、政治、経済、環境、科学技術、その他新しい分野で世界をリードしていく識見を持ったリーダーが必要である。また、博士号や修士号などを有する専門家が活躍する諸外国と伍していくためには、今以上に高い専門性と教養を持った人間の育成が求められている。そのため、大学・大学院の構成と役割を改革すべきである。
提言
(1)大学の学部では、教養教育と専門基礎を中心に行う。大学院へは学部の3年修了から進学することを一般的なものとする。また、大学院の入試は、他大学出身者、社会人等に対しても完全に開かれたものにする。
(2)大学院については、社会で必要とされる実践的な専門能力を身に付けるためのプロフェッショナル・スクール(高度専門職業人教育型大学院)と、研究者養成のための大学院(研究者養成型大学院)を設ける。 (3)プロフェッショナル・スクールでは、高度な技術的能力を有するエンジニアの育成や、ビジネス・スクールやロー・スクールなどによって経営管理、法律実務、金融、教育、公共政策などの分野の専門家の養成を行う。 (4)国家公務員や教師については、原則として修士号取得を要件とする。 (5)リサーチ・アシスタント制度やポストドクトラル制度など、優秀な若手研究者の養成策をさらに充実する。研究支援者の育成・確保策を充実する。 (6)大学・大学院を通じて奨学金制度を充実する。 |
◎大学にふさわしい学習を促すシステムを導入する
大学へ入学したにもかかわらず学習に取り組む姿勢がない者が見られる。大学も勉強をしていない学生を安易に卒業させているという批判が以前からなされているが、全く改善されていない。学生にしっかりと勉強させるような取組が必要である。
提言
(1)小人数教育の実施と、ティーチング・アシスタント制度を充実する。
(2)ダブルメジャー(複数の分野を専攻する)制度を導入する。 (3)成績評価の厳格化を図るための成績評価制度を導入し、水準に達しない学生を落第、退学させるなどの方策を講じる。 (4)大学の教育力向上のための大学、大学教員の評価システムの構築と、大学教員任期制の導入促進により流動性を向上させる。 (5)企業には、就職活動によって大学の教育が妨げられぬよう、採用活動時期を遅らせたり、成績表の提出を求めるなど大学での成績を踏まえた採用を行うよう強く求める。 |
◎職業観、勤労観を育む教育を推進する
定職に就かない者や就職してもすぐに辞めてしまう者が増加しているが、これは人材の流動化の現れとも見られる一方で、若年層における職業観、勤労観の希薄化とも考えられる。また近年、仕事に対する職業人としての責任感、使命感の欠如も指摘されており、職業観、勤労観を育む教育を推進する必要がある。
提言
(1)ものづくり教育、職業教育や起業家精神の涵養のため、小学校から大学までの教育内容を充実するとともに、職業体験、職場見学、インターンシップ(就労体験)などの体験学習を積極的に推進する。また、進路指導の専門家の活用を促進する。
(2)実践的な技術者の養成機関である高等専門学校の職業教育を一層充実する。 (3)教育機関が養成する人材と企業の求める人材とのミスマッチ(不整合)を解消するため、企業、団体、官公庁、教育機関間の連携を図る。 |
提言
(1)努力を積み重ね、顕著な効果を上げている教師には、「特別手当」などの金銭的処遇、準管理職扱いなどの人事上の措置、表彰などによって、努力に報いる。
(2)専門知識を獲得する研修や企業などでの長期社会体験研修の機会を充実させる。 (3)効果的な授業や学級運営ができないという評価が繰り返しあっても改善されないと判断された教師については、他職種への配置換えを命ずることを可能にする途を拡げ、最終的には免職などの措置を講じる。 (4)非常勤、有期教員、社会人教員など雇用形態を多様化する。教師の採用方法については入口は多様にし、採用後のプロセスを評価する。免許更新制の可能性を検討する。 |
◎地域の信頼に応える学校づくりを進める
問題解決や改革に取り組んでいる学校はあるが、全体として、現在の学校は国民の期待に応えているとは言えない。特に公立学校は、努力しなくてもそのままになりがちで、内からの改革がしにくい。地域で育つ、地域を育てる学校づくりを進める。
提言
(1)目標、活動状況、成果など、学校の情報を積極的に親や地域に公開し、学校は、親からの日常的な意見にすばやく応え、その結果を伝える。
(2)各々の学校の特徴を出すという観点から、外部評価を含む学校の評価制度を導入し、評価結果は親や地域に公開する。通学区域の一層の弾力化を含め、学校選択の幅を広げる。 (3)学校評議員制度などによる学校運営への親や地域の参加を進める。 (4)親が学校の活動や子育ての時間を取れるようにするなど、企業も協力する。 |
◎学校や教育委員会に組織マネジメントの発想を取り入れる
学校運営を改善するためには、現行体制のまま校長の権限を強くしても大きな効果は期待できない。学校に組織マネジメントの発想を導入し、校長が独自性とリーダーシップを発揮できるようにする。また、地域の教育に責任を負う教育委員会は刷新が必要である。
提言
(1)予算使途、人事、学級編成などについての校長の裁量権を拡大し、校長を補佐するための教頭複数制を含む運営スタッフ体制を導入する。校長や運営スタッフの養成プログラムを創設する。若手校長を積極的に任命し、校長の任期を長期化する。
(2)質の高いスクールカウンセラーの配置を含めて、専門家に相談できる体制をとる。開かれた専門家のネットワークを用意し、必要に応じて色々な専門家に相談できるようにする。 (3)教育長や教育委員には、高い識見と経営感覚、意欲と気概を持った適任者を登用する。教育委員の構成を定める制度上の措置をとり、親の参加や、年齢・性別などの多様性を担保する。教育委員会の会議は原則公開とし、情報開示を制度化する。 |
◎授業を子どもの立場に立った、わかりやすく効果的なものにする
教育を提供する立場ではなく、教育を受ける側の立場に立った、学級編成、授業方法、地域との連携を促進することが重要である。
提言
(1)教科や学年の特性に応じた学級編成の弾力化を校長の判断でできるようにする。生活集団と学習集団を区別し、教科によっては小人数や習熟度別学級編成を行う。
(2)学校は、社会人がその職業経験や人生経験を生かし、学校教育に参加する機会を積極的に作る。 (3)優れた授業方法の情報を広く共有する。 (4)IT教育と英語教育は「本物・実物」に触れさせながら促進する。英語を母語とする外国語指導助手(ALT)や専門的知識や経験を持ったスタッフを学校外から積極的に登用する。 |
◎新しいタイプの学校(“コミュニティ・スクール”等)の設置を促進する
新しいタイプの学校の設置を可能とし、多様な教育機会を提供する。新しい試みを促進し、起業家精神を持った人を学校教育に引き込むことにより、日本の教育界を活性化する必要がある。
提言
(1)私立学校を設置しやすいように、設置基準を明確化し、施設・設備の取得条件を緩和する。親の教育費負担の軽減に加えて新しいタイプの教育を実現するための私学助成を充実させる。
(2)研究開発学校を地域指定できるように拡充し、地域との連携を図りながらブロックごとに新しい試みを実施する。 (3)地域独自のニーズに基づき、地域が運営に参画する新しいタイプの公立学校(“コミュニティ・スクール”)を市町村が設置することの可能性を検討する。これは、市町村が校長を募集するとともに、有志による提案を市町村が審査して学校を設置するものである。校長はマネジメント・チームを任命し、教員採用権を持って学校経営を行う。学校経営とその成果のチェックは市町村が学校ごとに設置する地域学校協議会が定期的に行う。 |
私たちは審議に当たり、何らの制約を設けず、委員各自が自由闊達で濃密な議論を行うこととした。幼児・小中高から大学・大学院を通しての教育全般を議論の対象とした一方で、教育のあらゆる分野の課題を扱うというよりは、焦点を絞って議論した。とくに、教育を供給する側の論理ではなく、教育を受ける子どもや学生、その親の側の立場に立って教育システムを議論することを心がけた。
中間報告をまとめるに当たっては、骨太でわかりやすいものを目指し、理念や抽象論を展開するより、具体的で建設的な提案を行うこととした。このため、委員から出された数多くの提言をすべて盛り込むことはしていない。また、盛り込まれた提言のすべてが意見の一致を見たものではない。私たちの議論の背景を理解していただくためにも、『分科会の審議の報告』や議事録にもお目通しいただくよう希望する。
子どもはそれぞれの家庭にとってだけでなく、社会全体、人類共通の宝であり希望である。教育は本来、親、当人、社会全体が共同して行うものであり、教育の問題を家庭や学校のみに任せるのではなく、国民一人ひとりが真剣に考えて取り組むことが必要である。このため、教育改革の推進に際しては、教育の在り方について国民の幅広い意見を聴き、マスコミなどの協力も得ながら、国民的運動を推進すべきである。
今後は、中間報告及び教育全般に対する国民の皆さんの幅広いご意見を伺った上で、最終報告をまとめていく予定である。私たちの提言を実現するために、省庁の枠を超えた政府全体の取組を強く希望するとともに、皆さんのご理解とご協力を心からお願いしたい。