Up 本論考をおこす理由 : 就職対策指導における思想欠如 作成: 2008-05-10
更新: 2008-05-10


    「国立大学の法人化」で,国立大学は「改革」に嵌る。
    この「改革」の項目の一つに,「就職対策指導」がある。
    すなわち,つぎを自明な命題としてしまう集団心理が形成される:

      「卒業学生の就職率が低い大学は,ダメな大学である。」
      「大学評価機関からダメな大学と評価されることは,絶対あってはならない。」
      「よい大学は,就職対策指導に熱心に取り組むことで,高い就職率を実現している。」
      「よいスタッフなら,就職対策指導にも熱心に取り組む。」

    このときの「就職対策指導に熱心に取り組む」の内容になるものは:

    • 学生の就職意識向上の啓発,および就職対策のノウハウの教授の機会を,いろいろ・たくさん用意する。
      • 授業・講習・講演の特設
      • 就職対策マニュアル冊子の作成
    • 就職対策の便に供する箱物をいろいろ・たくさんつくる
    • 就職情報をいろいろ・たくさん収集する。
    • 他大学の取り組みをいろいろ・たくさん調べる。
      • 資料取り寄せ
      • 視察
    • 企業といろいろ・たくさん接する
      • 企業訪問を数多くこなす。
      • 企業の大学訪問を数多くこなす。
      • 企業の人間を,いろいろな形で数多く大学に招く。


    集団心理は,無批判にこれらに向かわせる。
    すなわち,これらを実施するプランからスタートする。
    「何・なぜ」の問題意識が起こらない──すなわち,思想欠落の体になる。
    併せて,<計算>を閑却する。

    どうしてこうなるのか?
    漠然とつぎのように思うハイな精神状態にみんがなってしまうのである:

    • 自分のこの取り組みは,大学にとって決定的に大事である。
    • 自分が笛を吹けば,みんながこれに合わせて踊り出す。
    • 自分が箱をつくれば,自ずと中身がつくられ,そしてみんながこれを使うようになる。("If I build it, they will come."


    「大学にとって大事なことは何か?」を考える思想を欠落させているので,本末転倒をやる。
    笛の音に喜んで踊る者も,つくった箱に寄って来る者も,ほんの僅か。

    これは,バブル期に自治体が競ってつくったテーマパークと同じである。
    自治体は,熱心に,そして高揚感をもって,テーマパークづくりに取り組んだ。 そして無様に失敗した。

    「熱心である」「高揚感をもってやっている」は,そのやっていることを尊重する理由にはまったくならない。


    就職対策指導には,方法論が伴わねばならない。
    就職対策指導は,思想と計算に基づかねばならない。
    思想と計算の上に立てるためには,自ら広く深く勉強しなければならない。

    最もやってならないのは,つぎのことである:
      己の素人の体をよしとし,指導者や権威を他に求め,
      その言われるままをやる。

    国立大学は,「法人化」でこれをずっとやってきている。
    指導者・権威として,民間の財界人・文化人を奉じる。
    学者が「学者」であることにコンプレックスを持ったら,こんな単純逆転をやりだす。

    国立大学は,どうしてこんな為体(ていたらく) になってしまったのか?
    ずいぶん前から,思想とおさらばするようになっていたからである。
    自覚しないうちに,「そもそも大学とは」「そもそも大学教育とは」「そもそも大学生とは」を考えることができないカラダになっていたのである。


    本論考は,この認識に立って,「就職対策指導」の方法論を主題化しようとするものである。
    「就職対策指導」が方法論抜きの体で独り歩きさせれば,大学がおかしくなる。 これをさせないために,「就職対策指導」の方法論を改めて確認しようというのが,本論考の趣旨である。