本論考は,つぎの考え方をする:
「商品経済社会のデザインは,商品デザインと重なる。
商品デザインは,テロになる。」
これを立論しようとするならば,本来「商品・商品経済・商品経済社会」の論考へと溯る必要がある(註)。
しかし本論考では,乱暴ではあるが,「商品・商品経済・商品経済社会」については,つぎの雑駁なとらえで過ごすことにする:
- 商品経済における<無根拠>:「任意のものを任意の価格で売る」
- 商売は,この<無根拠>の利用
- 商品におけるモノの意味は,<価格のメディア>。
これを突き進めれば,モノの無意味化になる (「メディアだから何でもいい」)。
実際,商品経済の純粋形が,マネー・ゲーム。
|
註 : |
「商品・商品経済・商品経済社会」の論考とは,another『資本論』を書くことである。
|
|