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「特殊から一般へ」
「特殊から一般へ」という言い方があります。
これはつぎのように解釈するといいでしょう:
- まず,ひとは「特殊から一般へ」のようにしか学習できません。
「一般化」は趣味の問題ではありません。教科を道具として有効にするための方法の一つです。
ただ,この形の道具のありがたみは,上級者にしかわかりません。一般形は,初級者にはノイズにしか感じられません。このノイズがヴィヴイッドなリアルとなり,これの射程,理由,そしてよさがわかるためには,多くの経験をつむ必要があります。
どのような「経験」か?「特殊から一般へ」しかありません。
- つぎに,学習は,生成的に理解する(「少しを知って,その都度必要なものを生成する」)という形でしか,成功しません。「ものをためこむ」形の学習(「記憶学習」)は早晩破綻します。
そしてこのときの「少し」は,「生成的な特殊」です。
- 例えば,「線型代数」を理解するには,「量」を「特殊」としてもっていれば十分です。高校数学の「線型代数」のすべてのネタは小学算数の「量と数」の中にあります。
- 誤解はないと思いますが,念のため:「少し」を「公理」みたいな感じにイメージしないで下さい。
- ただし,「特殊から一般へ」の学習は,簡単ではありません。
- 「特殊」に対する理解が柔軟でなければ,「特殊から一般へ」は進めません。
しかし,ひとは「特殊」にフィックスしてしまいがちです。
ここに,指導者の能力,指導者の存在理由,が問われてきます。