Up モンスター大学生に対する教育の困難 作成: 2008-03-02
更新: 2008-03-02


    モンスター大学生は,勉強の勝手がわからない・読書の勝手がわからない・思考の勝手がわからない。
    モンスター大学生が憐れなのは,「子どものアタマでいくらがんばっても,やることは<児戯>」然となること。 そして,ダメ出しされてもなぜダメなのかがわからないので,改善できない。

      解説: 例えば「その論理は変だろう」と教員が指摘する。学生は論理が身についていないので,変であることがわからない。
      これは程度問題で,学者にもあたりまえにある。 しかし,モンスター大学生の「モンスター」たる所以は,この論理欠損の程度がすごいということである。 これまで通用していた「その論理は変だろう」が,彼らには通じない。

    こういうわけで,大学の授業が根底のところで成立しなくなる。
    卒業論文を課しているところは,たいへんである。


    レポート作成をネット検索・ページコピーでやってしまうという問題も,報告されている。
    これも「モンスター」の一表出である。
    レポート作成と結びつけるべき「自己伸張」の思想を欠くので,レポート作成を<見た目づくり>にして,これでよしとする。

    あわせて,「レポート作成の勝手がわからない」がある。
    探求的な検索はしない。自分が簡単に形にできそうなものをさがす。 単なる,ピックアップである。 形をさがして内容を考えない。
    そして考えるときは,自分の<子どものアタマ>に戻り,そこで考える。
    結果は,<児戯>。

    これらは,言われて改まるというものではない。
    カラダのものであるから,時間のかかるカラダづくりになる。