Up 勉強する理由:騙されないため 作成: 2022-12-10
更新: 2022-12-10


    算数/数学の教師をやると,「なぜ算数/数学を勉強しなくてはならないんですか?」を相手にしなくてはならなくなる。
    この問いは,自分を算数・数学で苦しめる教師をやっつけたくて (この場合は「答えられないだろう」を見込んでいる) 発せられることもあり,算数・数学をやることでどんな意味があるのかを純粋に知りたくて発せられることもある。
    で,おそらく多くの教師が,相手に伝わるようには,うまく答えられないか,まったく答えられない。


    ひとは,「使わない職業に就くんだったら学習しなくていい」という答えをまっている (そのことばで慰撫されたい)。
    「実用の学」を「虚学」から区別してくれることを望む。
    分数なんか使わないよ」「微分積分やって何になる」みたいなことばを吐かせているのは,こんな心理である。

    これに対する答えは,「勉強するのは,騙されないため」である。

    無知で生活できても,その生活はひとから騙される生活である。
    特に,マスコミ・専門家からいいように騙される生活である。
    実際,無知であるとは,騙されないということができない,ということである。


    「使わない職業に就くんだったら学習しなくていい」を流儀にしてきた結果,マスコミ・専門家にいいように騙され,騙されていることを知らない──これが大衆である。
    マスコミ・専門家が「グローバリズム」を煽れば,これを受け売りする。
    「地球温暖化」を煽れば,これを受け売りする。
    「新型コロナ=パンデミック」を煽れば,これを受け売りする。
    こんなことが延々と続く。

    「○○禍」は,マスコミ・専門家が自分の失敗を隠蔽するために使うことばである。
    「○○禍」は,「マスコミ・専門家禍」に他ならない。
    そして「マスコミ・専門家に騙されて暴走する大衆禍」に他ならない。


    このような大衆に与しないためには,勉強が必要になる。
    その勉強は,科学ができるようになるための勉強である。
    なぜなら,マスコミ・専門家はエセ科学を使って騙しにかかるからである。

    科学ができるようになるための勉強は,敷居が高い。
    「分数」も「微分積分」も,必修項目である。
    勉強を前にして,ひとには2つの選択肢がある。
    1つは,敷居の高さを厭い,これを合理化するのに「生活では使わない」のことばを用い,そしてマスコミ・専門家からいいように騙されることに甘んじる。
    もう1つは,マスコミ・専門家からいいように騙されないために,勉強する。

    どちらをとるかは,もちろんひとの勝手ということになる。


    マスコミ・専門家は,勉強を「情報リテラシー」にすり替える。
    マスコミ・専門家は「情報リテラシー」を唱えるが,その魂胆は,自分たちを正しい情報発信者に装い,自分たちに与しない情報を「フェイク情報」にすることである。

    「情報リテラシー」なんてものは,無い。
    情報を上手に使う能力は,勉強の蓄積でつくられる。
    ショートカットは,無い。

    何事も,時間をかければ,巧くできるようになる。
    勉強は,職人(わざ)と同じである。
    時間をかければ,だんだんラクにできるようになる。
    ただひとは,そうなるまでの辛抱が,できない。