Up 達人の言のミスリーディング 作成: 2006-04-06
更新: 2006-04-06


    書店には,達人の言の書籍が多くならぶ。 この達人の言は,一般者にとってミスリーディング (misleading) と裏腹であることに注意しなければならない。

    達人は,自分の蓄積をひけらかすことを遠慮する。それについての言及を抑制したり,またあえて卑下したりもする。
    一方,読者は,発奮する以上に慰撫されることを,達人の言に求める。すなわち,達人の挫折物語や心機一転・方向転換話を好み,期待する。

    ミスリーディングは,達人の挫折・転向を,一般者が自分のそれと同じに見ようとするところにある。

    例えば,達人の言によくあるパターンに「これまで自分がもっていたものを思いっきり捨て,ゼロからやり直した」がある。「捨ててこそ立つ瀬がある」「スクラップ・アンド・ビルド」だ。 で,自分に行き詰まっている読者がこの言を読んで,「そうだ,スクラップ・アンド・ビルドだ!」となる。


    この同一視が間違いであることは,図に描いてみるとわかる。
    達人は,自分の「スクラップ」を
    のように述べるが,実際は,修行で蓄積されてきたものが圧倒的に残っている:
    達人は「スクラップ」のつもりだが,それは圧倒的な潜在力の上にあるわけだ。
    一方,読者がその気になってまさに「スクラップ」しようとしている自分は,こんな感じだ:
    ビルドに向かう潜在力は,もともと「中途半端な学習の蓄積」でしかなく,貧相な限り。よって,スクラップはダウンで終わる。こんなことをやっていると,ずっとゼロと中途半端の間の繰り返しだ。


    ビルドは,十分な蓄積をもってはじめて可能になる。何事も学習(勉強・鍛錬・修行)だ。
    達人が遠慮して言わない学習(勉強・鍛錬・修行)を読者がきちんと捉えないとき,達人の言はこのようにアブナイ言になる。