自由は,騙す者から騙されないことである。
サイエンスを自由の方法とするのは,「サイエンスに立っている」が「騙されない」の形だからである。
サイエンスに立つことは,科学者に頼ることではない。
実際,科学者が一般者の前に現れるときは,騙す者として現れる。
──「専門家」はこれである。
どういうことか。
科学者が大衆の前に自分を現すときは,自分のPRが目的になるということである。
大衆向けということになっている科学本は,その実,内容がひどく偏っており,そして嘘がある。そうなるのは,著者が自分の研究(分野) のPRとしてこれを書くからである。
実際,科学者には<騙す者>になる理由がある。
それをここで記すとする。
ただし,文献を引用する形で。
引用する文献は,Hossenfelder (2018) である。
これを択ぶ理由──それは,「欧米の学術研究は競争原理・グローバリズムが貫徹されてよく機能しており,日本はこれに大きく遅れている」をもっともらしく唱えている者たちに読ませたい書きぶりになっているからである。
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Hossenfelder (2018), pp.195-199
科学者が増えている
[科学の変化で] 一番目に付く変化は、科学者が増えているということだ。
アメリカ合衆国で授与される物理学博士号は、1900年の年間約20から、2021年には年間2000へと増加し、約100倍となっている。
アメリカ物理学会の会員数も同様の変化をしている。
1920年の1200名から、2016年の5万1000名へと増加した。
ドイツでも状況はほぼ同じだ。
ドイツ物理学会は、1900年の145名から約6万名へと会員が増えた。
物理学の文献の著者の人数から判断するに、世界全体の平均では、1920年から2000年までのあいだに約500倍と、アメリカやドイツよりも急激に増加している。
論文の件数が増え、分野がより専門化している
科学者が増えれば、書かれる論文も増える。
物理学においては、論文の件数の年間成長率は1970年以降は約3.8〜4.0パーセントで、およそ18年毎に倍増していることになる。‥‥
物理学の文献の総数が増えてきた結果、物理学はいくつもの下位分野へと分裂してしまい‥‥、どの分野ももっぱら内輪で文献を参照しあっている。 ‥‥
研究時聞の減少
‥‥ 科学者は研究テーマに精通しなければならない一方で、どんな仕事もこなせることを期待されている。
学生を教える、院生を指導する、研究室を取り仕切る、グループを率いる、数えきれないほどの委員会に出席する、学会の会議で講演する、会議のお膳立てをする、そして──これが最も重要なのだが──、研究活動が続けられるように助成金を獲得する。
これらの仕事を、研究して論文生産をしながらすべてこなす。 ‥‥
助成金を求めてあちこちあたるのは、特に時間がかかる。
2007年に行われたある研究では、アメリカ合衆国とヨーロッパの大学の教員たちは、助成金の申請に勤務時間の40パーセントを費やすことが明らかになった。
基礎研究では、このプロセスは特に神経が消耗する。
というのも、その研究が将来与える影響を予言させられることが多くなっているからだ。‥‥
そんなわけで、助成金に申し込んだことのある人ならもはや誰も驚きはしないだろうが、イギリスとオーストラリアの研究者たちへの聞き取り調査では、研究申請書の作成において嘘と誇張が常套手段になっていることが明らかになった。
この聞き取りによる調査に参加した人々は、研究が及ぼす影響について自分が述べたことは、「茶番」あるいは「作り話」であると言及していた。
長期助成金の減少
身分保障のある教員の地位にある研究者の割合は低下しつつある一方、身分保障のない非常勤契約で雇用される研究者の割合は上昇している。‥‥
米国大学教授協会の調査では、持続的な支援がなければ、研究者が研究テーマを選ぶ際に、長期的な取り組みを必要とするものやリスクを伴うものは敬遠されがちになることが明らかになっている。
ドイツの状況もこれに似ている。‥‥
多様性の低下
今日の大学研究者たちは、測定可能な成果を上げて、彼らの価値をつねに証明し続けなければならない。
これは、あまり筋の通ったこととは言えない。
というのも、研究分野によっては、成果が現れるまでに何世紀もかかるからである。
しかし、何かを評価しなければならないので、研究者らは、自分の研究分野に現在及ぼしている影響によって評価される。
したがって、現在使われている科学的成功の評価基準は、論文発表件数とそれらの引用数に大きく依存したものとなっているが、これらの指標は、もっぱら論文執筆の速さと論文の人気を測るものでしかない。
この、仲間が喜ぶような論文をたくさん発表しろというプレッシャーは、新しいものを生み出そうという意欲を削ぐことが、さまざまな調査からうかがえる。
これまでにない新しいアイデアを追究するよりも、既知のテーマについて研究するほうが、認めてもらうのも、論文発表するのも、たやすいからだ。
研究の影響を定量的に評価しようとすることがもたらすもうひとつの帰結は、国、地域、そして、研究機関ごとの違いが消し去られてしまうことだ。
それは、科学的成功の尺度は、どこでもほぼ同じだからである。
その結果、世界中の科学者たちが、いまや一丸となって同じ方向に進んでいるのだ。
要するに私たち科学者はいま、人数が増え、かつてないほど互いに密接に結びつき、細分化された下位分野のなかで、より不安定な経済的状況のもと、より短期間に成果を上げるようにと、ますます強いプレッシャーをかけられているわけである。
おかげで科学者コミュニティーは、集団思考の理想的な温床になっている。
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引用文献
・Hossenfelder, Sabine (2018):
Lost in Math : How Beauty Leads Physics Astray. Basic Books, 2018.
- 吉田 三知世 [訳]『数学に魅せられて、科学を見失う──物理学と「美しさ」の罠』, みすず書房, 2021.
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