Up | 表現 | 作成: 2024-04-24 更新: 2024-04-24 |
前者には,<騙す>という能力が要る。 後者には,<同調する>という能力が要る。 しかしひとのうちには,この能力を欠く者がいる。 「自閉症」のことばで括られる者たちは,この類である。 「自閉症」の「症」は,<騙す>・<同調する>ができないのを障害と見ることによる。 しかし,<騙す>・<同調する>ができる「正常」と「自閉症」の間は,連続している──スペクトラムをなす。 実際,「発達障害」と呼ばれるもののうちには,このスペクトラムの中に入るようなものがある。 この類を,ここでは「自閉質」と呼んでおくことにする。 正常者は自閉質がわからないので,自閉質者が商品経済・共同体に適応しないことを,「甘え」「意志薄弱」と見なすことになる。 しかし,自閉質は脳機能のタイプなので,意志でどうかなるというものでない。 自閉質の者にとって,正常者がアタリマエとする商品経済・共同体は,アタリマエでない。 自閉質者は,正常者のアタリマエから疎外される。 そこで自閉質者は,自ずと「表現者」に近い者になる。 「表現者」とは,正常者のアタリマエに違和感を持ち,違和感を表現する者だからである。 表現者には「変わり者」が多いように見える。 それは,表現者には自閉質者が多いということである。 学者も,他と比べて「変わり者」が多いかも。 特に数学者なんかは,いまはどうか知らぬが,昔はそんなふうに見えた。 これは,学究と表現は通じている──同根──ということである。 以上のことは,脳を「優劣」で見るのは違っていて,「タイプの違い」として見るのが妥当,ということを示す。 正常でない脳は,正常な脳のできないことを成すのである。 これは,動物の脳の種による違いを考えれば,合点がいく。 毛虫の脳は,人間脳のできないことを成す。 毛虫の脳を人間脳と「優劣」で比べるのは間違いなのである。 |