Up 「パンデミック」とは : 要旨 作成: 2020-08-05
更新: 2020-08-05


    新型コロナは,WHO がこれをパンデミックと定めた。
    これは,「パンデミック」の逆定義になる。
    即ち,新型コロナのようなのが,パンデミックである。

    ひとは,「パンデミック」を何か絶望的に恐ろしいもののように思っていたが,実際は新型コロナ程度のものが「パンデミック」である。
    ひとは,センセーショナルな表現を好む。
    ひとが「パンデミック」に抱く空恐ろしさは,この好みから醸成されてきたものである。

    歴史上の主なパンデミックについての記述は,誇張を割り引いて読むことになる。
    情報屋でも科学屋でも,記述者は自分の記述をセンセーショナルな表現につくり上げるものなのである。
    死亡数は,その数だけを見れば多いと感じても,全人口と比べると僅かなものである。
    そして,死んだ者には,死に至った原因・理由がある。
    無条件に死ぬということは,無い。


    ひとに恐怖を植え付けるのに,感染防護服ほど効果的なものはない。
    実際のところは,これは感染者多数と濃厚接触することになる者が用いるものである。
    しかしひとは,感染防護服の映像を見せられて,「これだけの装備をしなければ感染してしまう疫病」と受け取ってしまう。

    ひとが想起すべきは,つぎの映像である:
      感染防護服を着た医療班の診断を,いつもの格好の者たちが待たされている。
      感染防護服を着て消毒作業している者のそばを,いつもの格好の者たちが通り過ぎる。


    「バイオテロ」のことばに,ひとは「強毒な感染性微生物がばらまかれ,人がバタバタ死ぬ」のイメージをもつ。
    実際には,感染によって人をバタバタ死なす微生物は,存在しない。
    現前の生態系は,進化してきた生態系であり,その「進化」の意味は「均衡をその都度実現」である。
    「現前」には,「生物は共存するしくみを身につけている」が含意されている。

    バイオテロは,殺人テロではない。
    バイオテロは,ひとを恐怖パニックに陥れ,社会機能を崩壊させようとするものである。
    この度の「新型コロナ」騒動は,「世界規模のバイオテロだって,いとも簡単」を示すことになった。
    ただの風邪も,演出次第で,バイオテロに使えるのである。


    何事にも利権ができる。
    パンデミックにはパンデミック利権ができる。
    実際,病気利権がそのままパンデミック利権にスライドする。

    病気利権は,「パンデミック」を演出し,ひとを恐怖パニックに陥れる。
    この結果は,社会機能の崩壊である。
    起こっていることは,バイオテロと同じである。
    「バイオテロ」に対する「体制転覆を謀る秘密組織の暗躍」のイメージは,ミスリーディングである。
    ひとは,バイオテロをとっくに身近にしているのである。


    生物は,<感染症に罹っている>をやがて自分の正常にしていくように,進化する。
    生物の DNA には,こうして取り込んできたウイルスの痕跡がとどめられている。
    もし人がみな肝炎ウィルスに感染したら,肝炎ウィルスに感染していることが人の正常になる。
    体も,肝炎ウイルスとのよりよい共存の形を実現するように進化する。

    生物は,感染性のウィルスを排斥するように進化してきたのではない。
    ウィルスを取り込むように進化してきたのである。
    よって,感染症の程度には,自ずと地域性が出てくることになる。
    地域が違うとは,進化の歴史が違うということだからである。

    新型コロナでは,アジアとヨーロッパで,死亡数がずいぶん異なることになった。
    これは,「進化の歴史が違う」で理解することになる。
    アジア発のウィルスに対する体の馴染み具合が,アジアに棲んできた者とヨーロッパに棲んできた者とでは違うというわけである。