Up 「進化の時間」の理解 作成: 2021-09-24
更新: 2021-09-24


      Dawkins (1989), pp.35,36
    ‥‥ 大形有機分子は濃いスープの中を何ものにも妨げられることなく漂っていた。
     あるとき偶然に、とびきりきわだった分子が生じた。
    それを自己複製子 (replicator) とよぶことにしよう。
    それは必ずしももっとも大きな分子でも、もっとも複雑な分子でもなかったであろうが、自らの複製を作れるという驚くべき特性をそなえていた。
    これはおよそ起りそうもないできごとのように思われる。
    たしかにそうであった。
    それはとうてい起りそうもないことだった。
    人間の生涯では、こうした起りそうもないことは、実際上不可能なこととして扱われる。
    それが、フットボールの賭けで決して大当りをとれない理由である。
    しかし、おこりそうなこととおこりそうもないことを判断する場合、われわれは数億年という歳月を扱うことになれていない。
    もし、数億年間毎週フットボールに賭けるならば、必ず何度も大当りをとることができよう。
     実際に、自らの複製 (replica) をつくる分子は、実際にははじめ思ったほど想像しがたいものではない。
    しかもそれはたった一回生じさえすればよかったのだ。
    鋳型としての自己複製子を考えてみるとしよう。‥‥‥

      Dawkins (1989), p.39
    われわれは自分が進化の産物であるために、進化をばくぜんと「よいもの」であると考えがちだが、実際に進化したいと「望む」ものはない ‥‥。
    進化とは、自己複製子 (そして今日では遺伝子) がその防止にあらゆる努力をかたむけているにもかかわらず、いやおうなしにおこってしまうというたぐいのものなのである。
    ジャック・モノーはハーバート・スベシサー講演でこの点をみごとに指摘したが、その前に皮肉たっぷりにこういった。
    「進化論のもう一つのふしぎな点は、だれもがそれを理解していると思っていることです!」


    赤インクを水に落とすと,赤インクは水の中に拡散し,水は一様に薄ピンクになる。 ──水に落とした直後の赤インク状態へと,赤インクが再び凝集することはない。

    このモデルに思考がとらわれると,「進化」を理解できなくなる。

    赤インクが水の中に拡散するのは,ブラウン運動による。
    瞬間瞬間の粒子の布置は,確率事象である。
    「赤インクが再び凝集することはない」と言うのは,この布置の実現確率がとんでもなく小さい──確率 10−n のnがとんでもなく大きい──からである。
    しかしこれは,ひっくり返して言うと,<瞬間瞬間の累積が地球年齢──数十億 (108) 年 ──のうちに収まるような事>は実現可能だ,となる。

    「108 年」は,「瞬間」のどのくらいの累積か?
    つぎのような具合である:
      108 年 = ( 60 × 60 × 24 × 365 ) × 108
       = 3.1536 × 1015
       = 3.1536 × 1018 ミリ秒
       = 3.1536 × 1021 マイクロ秒
       = 3.1536 × 1024 ナノ秒


    進化を理解することの困難は,進化の時間を理解することの困難である。
    そして,進化の時間を理解することの困難は, 「瞬間」の累積回数──10n 級──を理解することの困難である。


  • 引用文献
    • Dawkins, Richard (1989) : The Selfish Gene (New Edition)
      • Oxford University Press, 1989
      • 日高敏隆・他[訳]『利己的な遺伝子』, 紀伊國屋書店, 1991.