Up 自己複製子と生物の連続性 作成: 2021-09-23
更新: 2021-09-23


      Dawkins (1989), pp.39-42
    [原始の]スープはさまざまな安定した分子、すなわち、個々の分子が長時間存続するか、複製が速いか、あるいは複製が正確か、いずれかの点で安定した分子によって占められるようになったにちがいない。
    これら三種類の安定性へ向かう進化傾向があるというのは、次のような意味である。
    つまり、時期をずらせて二度スープからサンプルをとると、二度めのサンプルには、寿命、多産性、複製の正確さという三点においてすぐれた分子の含有率が、より高くなっているだろう。
    これは本質的には、生物学者が生物について進化とよんでいる過程とかわらない。
    そのメカニズムも同じであって、すなわち自然選択なのである。
     それならこの最初の自己複製分子は「生きている」というべきであろうか。
    そんなことはどうだつてよい。‥‥
    ことばというものはわれわれが自由に使う道具にすぎず、またたとえ「生きている」というようなことばが辞書にあるからといって、そのことばが現実世界における何か明確なものを指しているとは限らない。
    人間の苦難はこういったことを理解していない人があまりに多いために生じているのだ。
    初期の自己複製子を生きているといおうがいうまいが、それらは生命の祖であり、われわれの基礎となる祖先であった。
     ‥‥
    自己複製子の変種間には生存競争があった。
    それらの自己複製子は自ら闘っていることなど知らなかったし、それで悩むことはなかった。
    この闘いはどんな悪感情も伴わずに、というより何の感情もさしはさまずにおこなわれた。
    だが、彼らは明らかに闘っていた。
    それは新たな、より高いレベルの安定性をもたらすミスコピーや、競争相手の安定性を減じるような新しい手口は、すべて自動的に保存され増加したという意味においてである。
    改良の過程は累積的であった。
    安定性を増大させ、競争相手の安定性を減じる方法は、ますます巧妙に効果的になっていった。
    中には、ライバル変種の分子を化学的に破壊する方法を「発見」し、それによって放出された構成要素を自己のコピーの製造に利用するものさえ現われたであろう。
    これらの原始食肉者は食物を手にいれると同時に、競争相手を排除してしまうことができた。
    おそらくある自己複製子は、化学的手段を講じるか、あるいは身のまわりにタンパク質の物理的な壁をもうけるかして、身をまもる術を編みだした。
    こうして最初の生きた細胞が出現したのではなかろうか。
    自己複製子は存在をはじめただけでなく、自らのいれもの、つまり存在し続けるための場所をもつくりはじめたのである。
    生き残った自己複製子は、自分が住む生存機械 (survival machine) を築いたものたちであった。
    最初の生存機械は、おそらく保護用の外被の域を出なかったであろう。
    しかし、新しいライバルがいっそうすぐれて効果的な生存機械を身にまとってあらわれてくるにつれて、生きていくことはどんどん難しくなっていった。 生存機械はいっそう大きく、手のこんだものになってゆき、しかもこの過程は累積的、かつ前進的なものであった。
     ‥‥
    40億年がすぎ去った今、古代の自己複製子の運命はどうなったのだろうか?
    彼らは死に絶えはしなかった。
    なにしろ彼らは過去における生存技術の達人だったのだから。
    とはいっても、海中を気ままに漂う彼らを探そうとしても、むだである。
    彼らはとうの昔にあの騎士のような自由を放棄してしまった。
    今や彼らは、外界から遮断された巨大なぶざまなロボットの中に巨大な集団となって群がり、曲りくねった間接的な道を通じて外界と連絡をとり、リモート・コントロールによって外界を操っている。
    彼らはあなたの中にも私の中にもいる。
    彼らはわれわれを、体と心を生みだした。
    そして彼らの維持ということこそ、われわれの存在の最終的論拠なのだ。
    彼らはかの自己複製子として長い道のりを歩んできた。
    今や彼らは遺伝子という名で歩きつづけている。
    そしてわれわれは彼らの生存機械なのである。



  • 引用文献
    • Dawkins, Richard (1989) : The Selfish Gene (New Edition)
      • Oxford University Press, 1989
      • 日高敏隆・他[訳]『利己的な遺伝子』, 紀伊國屋書店, 1991.