Up 「本能」 作成: 2021-09-27
更新: 2021-09-27


    蜘蛛の巣は,見事な構築物である。
    クモは,誰にも習いもせず,どうしてこんなすごいものを作れるのか?

    ひとはそれを「本能」と称して,わかったことにした。
    実際は,「本能」のことばを使うことで,思考停止したのである。


    現前のクモは,自然選択されていまがある。
    現前のクモは,<蜘蛛の巣をつくる者>であることを以て,自然選択を生き残った。
    クモは,蜘蛛の巣をつくるのではない。
    <蜘蛛の巣をつくる者>だからクモなのである。
    クモと蜘蛛の巣をつくることは,一つである。


    「クモは,誰にも習いもせず,どうしてこんなすごいものを作れるのか?」の問いには,簡単に答えることができる。
    クモの神経系は,胚発生で出来上がった段階で,既にプログラムである。
    そのプログラムのうちに,蜘蛛の巣をつくらせるプログラムがある。

    蜘蛛の巣をつくるロボットは,理屈としては実現できる。
    製作者は,蜘蛛の巣をつくる体と,蜘蛛の巣をつくらせる頭脳をつくる。
    頭脳はコンピュータであり,蜘蛛の巣をつくらせるプログラムをこれにインストールする。

    クモをこの世に現したのは,自然選択である。
    自然選択が,ロボット製作者の役を果たすことになった。


    蜘蛛の巣をつくらせるプログラムは,神経系がこれの実体である。
    そしてこの神経系は,胚発生で出来上がる。
    胚発生は,細胞の分裂・分化のプロセスである。

    細胞は,化学反応を生む化学工場である。
    その化学反応は,遺伝子プログラム (実態は「アミノ酸製造レシピ」) によるアミノ酸製造が起点である。

    アミノ酸がつくられるその都度,アミノ酸の集合は自己組織化し,タンパク質を現していく。
    つぎに,タンパク質レベルの<自己組織化>が起こる。
    即ち,タンパク質とその他の化学分子が反応して,化学的モジュールをつくったり,この反応系の中から新しい化学物質を分離したりする。
    モジュールの集合は階層レベルを現し,各階層での<自己組織化>がある。

    <蜘蛛の巣をつくらせるプログラム>を内包する神経系は,このようにして出来上がってくる神経細胞の系である。


    <遺伝子プログラムによるアミノ酸製造>から始まって<蜘蛛の巣をつくらせるプログラム>に至る行程は,われわれには途方も無いものに思える。
    そしてそれ以上に,この行程が実現されていることが,われわれには途方も無いことに思える。
    途方も無くて,あり得ないものに思える。
    しかし,以上のように理解するしかないのである。

    翻って,あり得ないものに思えてしまうのは,生物進化の長い時間を思うことができないためである。
    人間の限界として,ひとは長い時間を思うことができない。