Up 「わたしとは何か」論の構想 作成: 2018-03-31
更新: 2018-04-01


    (1) 自己組織化する系
    生物の起源は,一つの<自己組織化する系>である。
    この系は,<定常>と<無常>の両方を実現していることになる。
    実際,<定常>が無ければ,存在であることができない。
    そして,<無常>でなければ,存続できない。

    <自己組織化する系>と<生命体>(「生物」) との距離を考える。

    川は,これの形成に与っている様々な要素の関係性であり,自己組織化する系である。
    その内容は絶えず変化しているが,(長い時間スパンで見るのでなければ) 川の形は<定常>を示す。 ──この<定常>の秘訣は,新陳代謝である。

    鳥の群飛行,魚の群遊泳,自転車のロードレースは,絶えず形を変える集団を形成する。
    この集団は,自己組織化する系である。
    そして,絶えず変化する形は,<無常>を示す。

    生物のカラダは,カラダ形成に与っている様々な要素の関係性であり,自己組織化する系である。
    この系は,<定常>と<無常>の両方を形に現す。

    さて,<わたし>は,カラダに宿るものである。
    一方,<わたし>は,川には宿りそうもない。
    個の群れにも,宿りそうもない。

    「わたしとは何か」を考えられるためには,ずっと溯って,川,群れ,カラダの違いから説明できねばならない。
    しかし,この説明は存外難しいのである。
    こうして,「わたしとは何か」の問いは,つぎの問いから開始される:
      「カラダは,川や群れとどこが違っているのか」


    (2) 自己増殖
    生物の起源となる<自己組織化する系>は,自己複製する系である。
    なぜなら,一個のままなら,やがて何かの事件で壊れてしまうからである。

    自己複製は,自己増殖である。
    自己増殖は,<クローン間の関係>を導く。
    この関係は,<利己>が基本である。


    (3) 個体変異
    自己複製は,完全コピーとはならない。
    即ち,DNA の変化が自ずと発生する。
    こうして,増殖の繰り返しは,異種を生み出す過程になる。


    (4)
    やがて,DNA の自家組み換えをする個が現れる。
    この個が,単為生殖の種の起源である。

    さらに,自分の DNA を他の個の DNA を用いて組み換えようとする個が現れる。
    この個が,有性生殖の種の起源である。

      註 : 「性」の本質は, 「DNA の組み換え」。
     ──「雌雄」以前に「性」がある。

    有性生殖の種の中から,有性生殖を<雌雄配偶子の結合>という形で成す個が現れる。
    この個が,雌雄をもつ種の起源である。

    「雌雄」の形は,多様である。
    個体の成長・生活条件によって雌雄が決まってくる,という形の雌雄がある。
    雌雄同体という形の雌雄があり,雌雄異体という形の雌雄がある。

    雌雄異体の出現は,<利己>の形を変化させる。
    即ち,同性に対しては<排斥>,異性に対しては<獲得>,になる。


    (5) <わたし>
    やがて,「親子・兄弟」の起源となる個が現れ,「親子・兄弟」を営む種に進化する。
    また,「社会」の起源となる個が現れ,「社会」を営む種に進化する。

    「自他」は,<利己>を基本的契機とし,親子・兄弟,社会等の関係性の中で醸成が進行する。
    実際,<わたし>の主題化が可能になるのは,親子・兄弟,ないし親子・兄弟をベースとした社会を営む種くらいから,ということになる。


    (6) 自意識
    「自意識」とは何か。
    この主題への科学的アプローチは,見当がつかない。

    ただし,ヒントは,無いことはない。
    ヒントは,AIである。

    AIは,これを生命体に進化させることができる。
    即ち,「ネットワーク生命」として,
      DNA をもち,
      有性生殖 (DNA の組み換え) を行い,
      「親子・兄弟」や「社会」を営み,
      そして,生まれて死ぬもの
    へと,進化させることができる。
    行動において<わたし>を現す生命体レベルには,到達するわけである。

    さて,このAIは,「自意識」を現すか?

    この (思考)実験の有利な点は,つぎの2点にある:
    1. AIは,人の言語をこれにもたせることができる
    2. AIは,これの成長・進化を高速にできる
    そして,AIがつぎのようにつぶやくかどうかを観察するわけである:
      わたしは,他ならぬわたしである


    (7) <このわたし>
    人は個々に特個的<わたし>である。
    このことは,不思議に思わない。
    不思議は,<このわたし>である。
    時空のある一点に突然現れそして消えて無くなる<このわたし>である。
    この出来事が,不思議であり,自意識の中で収まりがつかないのである。

    この主題への科学的アプローチは,まったく見当がつかない。