Up 要 旨 作成: 2008-12-18
更新: 2008-12-22


    国立大学のネットワーク管理者の意味は,企業のそれとは決定的に異なる。

    企業のネットワーク管理者の行うことは,経営者の意思の実現である。
    ネットワーク管理者は,経営者の手足として働く。 これが,ネットワーク管理者の雇用契約条件だからである。
    そして,通常,企業は「ユーザには通信の秘密がない」ことを構成員に認めさせている。 ──この意味で,「ユーザには通信の秘密がない」ことを雇用契約の内容に含めている。
    ユーザがメールを書くときは,ネットワーク管理者や経営者が覗くものとして,これを書く。


    国立大学では,個人のメールは,ネットワーク管理者や大学執行部が覗くものとは考えられていない。 ユーザは,自分の通信のプライバシーは侵されていないものと信じて,通信を行う。

    この場合,ネットワーク管理者は,
      <個人の通信のプライバシーを侵すことができるが,侵そうとしない者>
      <個人の通信の中身を覗くことができるが,覗こうとしない者>
    である。

    ネットワーク管理者が<個人の通信のプライバシーを侵すことができるが,侵そうとしない者>であるかどうかは,誰もわからない。 ユーザは,ネットワーク管理者が<個人の通信のプライバシーを侵すことができるが,侵そうとしない者>であることを,根拠なしで信用・信頼していることになる。

    <個人の通信のプライバシーを侵すことができるが,侵そうとしない者>としてやってきているネットワーク管理者も,自分が<個人の通信のプライバシーを侵すことができるが,侵そうとしない者>であることを証すことはできない

    ネットワーク管理者は,自分のこの非常に特殊でそして危うい・弱い立場を,きちんと理解する者でなければならない。 根拠のないユーザの信用・信頼は,不信な行為が管理者の上に現れるやいなや,たちまちに疑心暗鬼・不信に転じる。

    しかもいまの時代は,ユーザの不信を買わないでネットワーク管理するということが,難しくなっている。
    すなわち,ここしばらく,セキュリティやネット犯罪の対策をネットワーク管理の中心と考える傾向が強くなってきている。 セキュリティ・犯罪の対策は,容易に通信の<監視>に進む。 そしてこれが昂じれば,通信の中身を<覗く>になる。 ──感覚麻痺がこういうことをさせる。
    本人は責務遂行に一生懸命のつもりでいるが,この姿は,ユーザに却って通信のプライバシーに対する不安を抱かせる。この不安感は,なにかのきっかけで不信に転じる種類のものである。


    ネットワーク管理者が信用されないものになることは,本来,大学執行部にとっても好ましいことではない。 疑心暗鬼・不信から通信が憚られるようになるのは,自分たちも同じである。

    大学執行部は,自分の都合のためにネットワーク管理者を使うということに,問題を感じない。 つぎのような思考法をもつ:
      自分の都合は大学の都合である。ネットワーク管理者は大学のために働くものである。よって,自分の都合のためにネットワーク管理者を使うことは当然である。
    しかし,大学執行部の都合に従うようになったネットワーク管理者は,信用されないものになる。

    そこで,ネットワーク管理者と大学執行部の両方が,互いの関係,互いの位置の取り方を考える必要がある。


    本来,国立大学のネットワーク管理者は,ネットワークが教育・研究ネットワークとして適切に運用されていることに,いちばんのプライオリティをおく。
    管理者は大学執行部の手足のように働くことをしないが,それは
       「大学執行部の意思の実現と教育・研究ネットワークの適切な運用は,一致するものではない」
    としているからである。 そして大学執行部も,このことは基本的に認める。

    しかし,国立大学のネットワークは,教育・研究に限定されない一般インフラでもある。 そして,<教育・研究ネットワーク> (ボトムアップ型) と<大学執行部の意思を実現するネットワーク> (トップダウン型) は,自ずと齟齬する。
    既に事務系のネットワークなどは, VPN にするなどして独立した形にしているが,<教育・研究ネットワーク>と<大学執行部の意思を実現するネットワーク>の矛盾は今後さらにいろいろな形で起こってくると予想される。

    実際,セキュリティ・犯罪の対策がネットワーク管理の中心になっているそのネットワークは,<大学執行部の意思を実現するネットワーク>である。時代の流れの中で,ネットワーク管理者の意識は,<教育・研究ネットワーク>から<大学執行部の意思を実現するネットワーク>の方へと,大きくシフトするようになっている。

    このときネットワーク管理者が見て取らねばならないのは,つぎの2つの対立である:

    1. 教育・研究ネットワークの自由
    2. 大学執行部の考える「組織の保身」

    ネットワーク管理者は,この対立を相手にする。
    方法を誤れば,<教育・研究ネットワーク>が損なわれる。

    大学執行部 (一部の人間) の考える「組織の保身」がほんとうに組織の保身であるかどうかは,確かでない。 執行部の保身に過ぎない場合もある。
    「保身」は「本末転倒」に転じ,長いスパンで見れば「保身」の逆をやっていることが多い。
    ネットワーク管理者は,このようなこともしっかりアタマに入れた上で,問題の対応にあたらねばならない。
    そしてこのときは,技術よりも,思想・哲学が重要なものになる。