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Braithwaite (2010), pp.121-123.
この魚 [フリルフィンゴビー] は沿岸地域に棲息し、干潮時には岩場の水たまりに身をひそませている。
ところがこの小さなオアシスは危険な場所でもあり、魚は簡単に腹をすかせた海鳥の餌食になってしまうのだ。
だがフリルフィンゴビーは、捕食者から逃れるための巧妙なテクニックを発達させている。
つまりこの小さなハゼは、脱出ルートの書き込まれたメンタルマップを描く能力をもっているのだ。
岩場の水たまりをつつきまわしていると、この魚が隣の水たまりに向かって突然飛び跳ねるところをみかけることがある。
そして、水たまりから水たまりへと跳躍する際のねらいの正確さには、驚嘆せざるを得ない。
でたらめに跳躍しているわけではなく、きちんと隣の水たまりをめがけて跳躍しているのだ。
すなわち、たとえ視野に入つていなくても、安全な水たまりの位置をあらかじめ知っていたということになる。
アロンソン [レスター・アロンソン] は、この行動を最初に報告した研究者の一人である。
フリルフィンゴビーが、乾いた岩の上に着地せずに、どのように水たまり伝いに正確に跳躍するのかを調査する方法を、彼は考案した。
そしてフリルフィンゴビーは、満潮時に周辺の地形を覚え込むということが判明した。
普段は露出している岩場が海水で満たされている満潮のあいだに泳ぎ回って、潮が引いたときに水たまりになるはずのくぼみの位置を覚え込むのだ。
つまりこの小さな魚は、周辺のくぼみの位置を何らかの方法で記憶しておけるのである。
フリルフィンゴビーは、干潮時にはいずれかの水たまりにひそんでいるが、捕食者の脅威にさらされると、そうやって水たまりから水たまりへと飛び移る。
危険が去らなければ、さらに別の水たまりへと跳躍する。
必要なら跳躍を繰り返して、やがて海に到達し、捕食者の魔の手から逃れるのだ。
これらの観察結果を発表した数年後、アロンソンはさらに、海岸のマップを作成するのにフリルフィンゴビーがどのくらいの時間を費やしているのかを調査する研究を行った。
干潮と満潮を人工的に作り出せる、岩場を模した実験環境を作って、捕まえた数匹のフリルフィンゴビーをそのなかに放った。
この実験で彼は、フリルフィンゴビーが新たな環境を学習するには、満潮をたった一度だけ経験すればよいことをみいだした。
豆粒のような脳をもつにすぎない全長わずか10〜15センチのこの小さな魚は、迅速で正確な空間の学習と記憶という注目すべき能力をもっているのである。
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- 参考文献
- Braithwaite, Victoria (2010) : Do fish feel pain?
- Oxford University Press, 2010.
- 高橋洋[訳]『魚は痛みを感じるか?』, 紀伊國屋書店, 2012.
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