Up 学校数学の歴史と遠山主義についての知識 作成: 2011-09-04
更新: 2012-01-08


    「かけ算の順序」の言説の多くが論争の言説であり,そしてこの論争の大もとにイデオロギーがあるということを,知っておく必要がある。 そしてこのことを知るとは,このイデオロギーに対する知識をもつということである。

    戦後,それまでの抑圧体制への反動から,社会主義をイデオロギーとする体制改革の運動が起こる。 社会主義国家の崩壊を経たいまの時代の世代には考えにくいであろうが,その時代は「革新」イコール社会主義だったのである。 この時代背景をよく理解していなければ,「かけ算の順序」のイデオロギーの問題をひどく捉え損ねることになる。

    この体制改革運動の中に,教育改革の運動がある。
    運動の方針は,教育の社会主義的改造である。
    そして運動の中心になったのが,ときの日教組である。

    教育改革運動は,教科網羅的に進められる。
    この運動は,社会科において最もわかりやすく示される。 唯物史観による歴史の再解釈とか,社会問題に対する「階級支配・階級闘争」の解釈等である。
    一方,算数科は,わかりにくい部類に入る。 社会主義のイデオロギーの出自のうちにマルクスの哲学があるが,この哲学に<唯物論>がある。 算数科では,<唯物論的組み替え>が運動の形になった。
    特に,<数は量の抽象>の立場からの数の意味・数の計算の理由づけが進められる。 <数は集合の基数>みたいな論も起こり,これもいまも生きている。
    ちなみに,数学では<数は量の比>になる。

    「かけ算の順序」論争は,<数は量の抽象>を土俵にしている。
    論争は延々と続いているが,延々と続けていられるのは,土俵にしている<数は量の抽象>が,もともと数学として間違っているからである。
    実際,間違った土俵では,何でもありになる。 モンスターもここでは同格になる。

    翻って,論争する者は,この土俵を守る者である。 土俵を失ったら,論争できないからである。
    土俵を失わせるものは,数学である。 「かけ算の順序」の論争を続けられるためには,数学と交わらないようにしなければならない。
    こうして,「かけ算の順序」の論争をする者は,数学に対して自閉する者である。

    ところで,学校数学には,数学として間違いの<数は量の抽象>がおさまっている。 すなわち,算数科では,教育改革運動が勝利したのである。
    しかしこの勝利は,「歴史の間違い」みたいなもので,勝利した側にとっても本来喜ぶことのできないものである。 数学でないものを数学として教えることになるので,学校数学はひどい奇形を余儀なくされる。 しかも,現実問題として,いまから数学の<数は量の比>に返ることはできそうもない。

    <数は量の抽象>を立場にするとき,「かけ算の順序」の問題は自ずと起こることになる。 すなわち,<数は量の抽象>で「かけ算の順序」を問題にすれば,それは自己撞着になる。そしてこれは,数学でないものを数学としてやったための必然的奇形の一つに他ならない。

    <数は量の抽象>は,遠山啓を教祖とする。 そこで,「かけ算の順序」で論争する者は,遠山啓が遺した文献に解決を求めようとする。 しかし,そこに解決はない。──教祖は,自分の論の自己撞着を自ら示す立場にない。

    遠山啓のうちにも,「数学でないものを数学としてやったための奇形」という問題が起こっていなければならない。 ここが,「かけ算の順序」のイデオロギーを考えるときのいちばんの要点になる。

    <数は量の抽象>を立場とする者は,遠山啓を無謬の者にしている。 最初のことばで真理を発したというわけである。
    実際には,遠山啓は「数学でないものを数学としてやったための奇形」にすぐに気づく者になる。 数学者の資質とはそういうものである。
    しかし,<数は量の抽象>を立てる論争の中で,<数は量の比>の側をあたまが悪い者にしてしまった。 しかも,もう教祖にされてしまっている。
    遠山啓については,「<数は量の抽象>を唱えた遠山啓」に続く「引っ込みのつかなくなった遠山啓」のステージを考えねばならないのである。