Up 「量×量」というものはない  


    「数は量の抽象)」にすると,数の代数的構造を量に対しても考えねばならなくなる。特に,数には「×」があるので「量×量」をむりやり考え出そうとする。

    われわれの方としては,「量×量」の言い回しに出会ったら,「変だぞ」「その×は何だ?そんなの知らないぞ」というふうにリアクションできるようでなければならない。

    例えば,「速さ×時間」を考えてみよう。速さと時間のイメージからは,「×」など想像のしようがない。想像できない「×」をどうして受けいれているのか?自らを欺しているのである。

    実際,「速さ×時間」を指導されようとしている生徒がそのとき知っている「×」は,数の「×」のみである。そして,数の「×」のみであることが正しい。「速さ×時間」の「×」は,数の「×」を誤解したものである。

    このときの数の「×」は,つぎのように導かれる:

    距離の単位に「メートル」を,時間の単位に「秒」をとる。このとき速さの単位に「メートル/秒」をとれば (「メートル/秒」をとったときに限り),「m メートル/秒でn秒では,○メートル」の「○」に対して「m×n」が立式される。

      理由:
        「m メートル/秒」の意味は,「秒にmメートルが対応する比例関係 (時間と距離の間の比例関係)」である。
        n秒は秒のn倍。
        「比例関係」の定義により,時間の側のn倍には距離の側のn倍が対応する。よって,n秒に対応する距離は,mメートルのn倍。
        「mメートル」は「メートルのm倍」。 よって,「mメートルのn倍」は,メートルのm倍のn倍。
        数の積の定義より,これはメートルの (m×n)倍。



    「速さ×時間」の言い回しは,この論理的プロセスをとばして結果だけを拾ったものである。

    しかし,ひとはこの「速さ×時間」を,自然法則かその種のものとして,すんなり受けいれる。ひとは,「速さ×時間」の「×」の意味には躓かない。 ──論理にこだわることができるようになるには,一定の学習が必要というわけである。