Up 「とらわれない」 作成: 2014-11-25
更新: 2014-11-25


    修行は,「とらわれない」の境地を立てる。

    「とらわれる」は,「全体が見えていない」である。
    「全体が見えていない」は,「全体が見えるカラダがつくられていない」である。
    全体は,一度に見えるものではない。
    時間をかけて,見えるところを増やしていく。
    見えるところが増えれば,広がりとあわせて対象に奥行きがつく。
    これまで見えていたものの見え方が違ってくる。

    そして「全体を見る」となったとき,「全体を見る」はもはや「見る」ではない。 ──「全体」という対象は無いわけであるから。
    「全体を見る」は,「見るともなく見る」 である。
    「とらわれない」の境地は,「見るともなく見る」 の境地である。