Up 「オリジナリティ」とは ──剽窃論 作成: 2015-04-14
更新: 2015-04-14


    数学教育を「学」にするとは,端的に学会を立てることである。
    ここで学会は,「研究論文」を定めることがこれの機能である。

    学会は,他の学会のうちから,自分が連携しようとする学会を選ぶ。
    この学会群を,「拡張した学会」と呼ぶことにする。

    「研究論文」は,つぎが条件にされる:
      《「既存の研究成果」の上に,自身の「オリジナリティ」を積む》

    ここで,「既存の研究成果」と「オリジナリティ」の意味が問題になる。
    この問題の単純な答えは,つぎのものである:
    1. 「既存の研究成果」とは,拡張した学会の研究論文群の中に見出せる定理ないし方法論である。
    2. 「オリジナリティ」とは,「既存の研究成果」の中に見出せない定理ないし方法論である。
    このとき,「研究論文」は,つぎがこれの形になる:
    1. 「既存の研究成果」を,引用で示す。
    2. 「オリジナリティ」を,全体から引用部分を引いた残りとする。
    実際,学会の「研究論文」査定は,この規準で満足することになる。


    しかし,「既存の研究成果」と「オリジナリティ」の問題は,複雑である。
    複雑な内容を単純な内容に変えているのは,操作の都合からである。

    即ち,「既存の研究成果」と「オリジナリティ」を複雑な内容にしたら,「研究論文」が立たなくなる (「研究論文」の査定ができなくなる)。
    「研究論文」が立たなければ,学会が立たなくなる。
    学会が立たなければ,「学」が立たなくなる。
    「学」が立つためには,学会が立たねばならない。
    学会が立つためには,「研究論文」が立たねばならない。
    「研究論文」が立つ (「研究論文」の査定ができる) ためには,「既存の研究成果」と「オリジナリティ」が単純な内容でなければならない。

    この方法は,直ちに信服される。
    そしてこの信服は,単純な剽窃論に進む:
     《 「オリジナリティ」以外は,「既存の研究成果」として引用で示される。
    この2分割構成が認められない論文は,剽窃である。》


    「剽窃」の問題は,複雑である。

    「剽窃」の自明な形は,「コピペ」である:
      コピペで,コピー元を明示すれば,引用である。
      明示しなければ,剽窃である。
    問題は,「コピペ」でない場合である。

    単純な剽窃論は,引用か剽窃かの2分法であるから,引用の形をとっていなければそれは「オリジナリティ」として示されたものであり,同じ内容が過去のテクストに見出されれば,それは剽窃である,となる。
    そこで,この単純な剽窃論は,つぎの無理難題を言っていることになる:
      《「オリジナリティ」として示すうえは,同じ内容が過去のすべてのテクストに無いことを確認しなければならない》

    単純な剽窃論に対し,複雑な剽窃論はつぎのように言う:
      《すべてが剽窃である──「オリジナリティ」は錯覚である》

    DNAを有していることは,剽窃をやっていることである。
    日本語を使っていることは,剽窃をやっていることである。
    日々の生活をしていることは,剽窃をやっていることである。
    なぜなら,これらは種の成果だからである。

    音楽にリズム,メロディーラインが出尽くしているように,思想は出尽くしている。
    出尽くしていると思わないのは,出尽くしていることを知らないだけである。
    実際,つぎの二つが,「オリジナリティ」をつくる術である:
      • 忘却
      • リセット
    学会を立ち上げ,「学会の研究論文から始めよう」にするのは,後者である。
    もっとも,学会は拡張された学会であるから,《「オリジナリティ」として示すうえは,同じ内容が過去のすべてのテクストに無いことを確認しなければならない》に応じられる者はいない。


    原理的・本質的な研究であるほど,《「既存の研究成果」の上に,自身の「オリジナリティ」を積む》の枠組に乗らなくなる。
    ここで述べた意味の「剽窃」になる。
    《「既存の研究成果」の上に,自身の「オリジナリティ」を積む》の枠組に乗らない類の研究を自分の研究にしようとする者は,「学会をとるか,自分をとるか」の岐路に立つ。

      もちろん,ここで潔癖を発揮する必要はない。
      上手に立ち回ることが,能力ということになる。
      もっとも,うまくはいかないが。──実際,うまくいくということは,研究が欺瞞になるということである。