Up | 現行に対するスタンスのとり方 | 作成: 2000-07-17 更新: 2013-08-07 |
実際,過去を振り返ってみれば,指導方針 (学習指導要領) が何度も大きくぶれていることがわかる。 即ち,ほぼ20年周期で,<数学を>(「基礎基本」) と<数学で>(「生きて働く力」) の間で,振り子が揺れている。 指導方針をつくっているのは,所詮,ヒトである。 したがって,時代の流れ・雰囲気 (ブーム) や作成担当者の個性(<分際>)が,決定的に作用する。 (農政を「ノー政」と呼ぶなら,教育行政も「ノー政」と呼ばねば不公平というものである。) 実際のところ,「生きて働く力」は, <深い実質陶冶>を内容とするところのものである。したがって,「ゆとり=学習内容軽減」の形で現れる「生きて働く力」の陶冶は,ウソである。 「生きて働く力」を身につける方法は,<実質>の修行の他にはない。 「生きて働く力」の立場は,「学習者本意」──「学習を強いる(=教える) のではなく自発的な学習を支援する」──のイデオロギーとも近接している。 そこで,これが優勢の状況では,学校教員は教えることに罪悪感を持つようになる。
しかし,学習内容削減は,
肝心な「学習内容を豊かにする」を損なうことは,やるわけにはいかない。 本来意を注ぐべきは,
学習指導要領の「学習内容の削減」でさらに困るのは,主題の本質を無視した転倒が行われることである。 例えば,平成10年12月14日告示の学習指導要領では,算数科に「線対称・点対称」がなくなって,中学校の内容になった。 しかし,算数科の「二等辺三角形」,正多角形(「正三角形」「正方形」),「円」は,「対称な形」の主題である。( 対称) したがって,「数学教育を保守する」というスタンスが,必要になる。 望むらくは,それぞれが,適正なスタンスをとることとして,確信犯的に学習指導要領を無視するといった芸当もできることである。 但し,これは学校教員一般に望むというものではない。 実際,このスタンスは「学校数学の主題を深く理解する精進・修行」のたまものだからである。 |