Up 「計量テンソル」 作成: 2018-02-23
更新: 2018-02-23


    「テンソル」のついた標題で最も目立つものの一つに,「計量テンソル」がある。
    「テンソル」の意味がわからずモヤモヤしている学習者には,「計量テンソルがわかればテンソルがわかりますよ」の誘いのように見えてくる。

    ところがこの「計量テンソル」こそ,テンソルから最も遠いものの一つである。
    したがって,テンソルの学習にとっては,最も始末の悪いものの一つとなる。
    「テンソル」のテクストに「計量テンソル」載せるときは「これは偽テンソルだ」と断ってくれたらよいのだが,テクストの書き手にも「偽テンソル」の意識が無いので,どうしようもない。


    「テンソル」の意味は,「線型空間のテンソル積に表現されるもの」である。
    テンソル積は,線型空間の「因数分解」みたいなもので,つぎがこれの文脈である:
      「線型空間 \(W\) は,線型空間 \(V_1, \cdots, V_n\) のテンソル積と同型:
          \( W \cong V_1 \otimes \cdots \otimes V_n \) 」

    「計量テンソル」は,このような構造とは無縁である。
    では,なぜ「テンソル」と呼ばれるのか。
    行列形式に表現されるからである。


    行列形式を「テンソル」と呼ぶ慣習がある。
    この慣習は,数学による「テンソル」の定式化からは,はみ出るものになる。

    昔の「行列」のテクストには,堂々と「行列とは表のことである」と書くものがあった。 「行列」が線型変換の表現として意味づけられるようになるのは,結構近年のこととなる。
    そして,「テンソル」のいまの状況は昔の「行列」と同じ,というわけである。


    ベクトル
      \[ {\bf x} = ( x^1, \cdots , x^n ) \]
    の大きさを,つぎのように定義する:
      \[ | {\bf x}|^2 = (x^1)^2 + \cdots + (x^n)^2 \]
    そしてこれに「内積」の形式を見る:
      \[ \begin{align*} | {\bf x}|^2 &= (x^1)^2 + \cdots + (x^n)^2 \\&= ( x^1, \cdots , x^n ) \cdot ( x^1, \cdots , x^n ) \\&= {\bf x} \cdot {\bf x} \end{align*} \]

    そこで,\({\bf x}\) のもともとの表現──基底の線型結合──に戻って,内積をやる:
      \[ \begin{align*} {\bf x} \cdot {\bf x} &= (x^1\,{\bf e}_1 + \cdots + x^n\,{\bf e}_n) \cdot (x^1\,{\bf e}_1 + \cdots + x^n\,{\bf e}_n) \\&= \sum_{i, j} ( x^i\,x^j )\ ( {\bf e}_i \cdot {\bf e}_j ) \end{align*} \]
    ここに
      \[ g_{ij} = {\bf e}_i \cdot {\bf e}_j \]
    とおいて,
      \[ | {\bf x}|^2 = {\bf x} \cdot {\bf x} = \sum_{i, j} g_{ij}\, x^i\,x^j \]

    これは,《\(g_{ij}\) の値の設定をいろいろ変えることで,いろいろな計量をつくれる》を示唆する。
    こうして,「計量の核心は \(g_{ij}\) だ」となる。


    \(g_{ij}\) は,添字が二つなので,「行列」の形に書ける:
      \[ \left( \begin{array}{ccc} g_{11} & \cdots & g_{1n} \\ & \cdots & \\ g_{n1} & \cdots & g_{nn} \\ \end{array} \right) \]

    そして,「計量」がつぎの形に書ける:
      \[ | {\bf x}|^2 = \sum_{i, j} g_{ij} x^i\,x^j = \begin{array}{c} t \\ \\ \\ \end{array} \left( \begin{array}{c} x^1 \\ \vdots \\ x^n \\ \end{array} \right) \left( \begin{array}{ccc} g_{11} & \cdots & g_{1n} \\ & \cdots & \\ g_{n1} & \cdots & g_{nn} \\ \end{array} \right) \left( \begin{array}{c} x^1 \\ \vdots \\ x^n \\ \end{array} \right) \]

    そこで,行列形式を「テンソル」と呼ぶ慣習に則り,\(g_{ij}\) を「テンソル」と呼ぶ。