Up 授業評価は,生態系に対する物言い 作成: 2014-02-01
更新: 2014-02-04


    「算数」は,人の生きる系の一つである。
    個々が自分の<生きる>を,「算数」の題目に寄せて行動する。
    その行動全体が現してくる系が,「算数」である。
    「算数」は,生態系である。

    授業は,生態系としての「算数」の現象である。
    そして「算数の授業」は,この現象の現実である。
    強調すべきは,それは独り授業者と生徒の出来事ではないということである。
    「算数の授業」は,《一つの生態系が授業者と生徒を媒体にして表現されている》と見るものである。

    翻って,「算数の授業」の評価は,これの背後にある生態系に対する物言いである。
    ところで,生態系に物言うのは虚しい。
    よって,「算数の授業」の評価は虚しい。──本質的に,虚しい。

    実際,教員は,自分の授業に対する批判に対しては,つぎのように返すのを常套にしている:
      学習指導要領,教科書は,こうなっている。
       自分はこの通りにしているだけだ。
    これは,「自分の授業は,背後にある一つの生態系の表現に過ぎない」を,訴えているわけである。
    そして,このことばが返ってくることがわかっている授業評価は,確かに虚しい。