Up 逆立式の論理  


    「問題の論理的還元」「積の論理」の概念がないと,立式を「結果オーライであればよいもの」としてやってしまう。 そして,2数の順序を逆転した式を立ててしまう。

    逆立式を合理化しようとすると,ひどくひねくれた論理を作為しなければならない。 この「ひねくれた論理」を,ここで示すことにする。
    複雑だが,<理解>にトライされたい。


    記号表記:
    以下の論では,量と数の区別が重要になる。特に,つぎのふたつの区別が重要となる:
    • 2数mとnに関する「mとnの積」
    • と数nに関する「のn倍」

    そこで,この2つの区別がつきやすいように,つぎの表記を用いる:
    • 2数mとnの積を,「m × n」で表す。
    • と数nに関する「のn倍」を,「 × n」で表す。

    また,「2個」「2cm」のように,数と量を直接くっつけた日常表現も以下で使う (式の中では緑色で表す) ので,注意されたい。 ──「2個」「2cm」は,「個 × 2」「cm × 2」と分析されるところのものである。



    先ず,つぎの問題を考える:
      飴が2個はいった箱があります。3箱のときの飴の個数を求める式は?


    基本は,これを「2個の3倍」の問題ととらえる。そしてこのとき,

        2個 ×
      = (個 × 2)×
      = 個 ×(2×3)
      (2×3)個

    となることで,「2×3」の立式となる。
    (最後の「=」の式変形は,数の「積」の定義そのものである。)

    では,逆立式「3×2」は可能だろうか?
    「3×2」が立式されるとは,最初の問題が「3個の2倍」の問題にとらえられるということである。
    そして,つぎのように考えれば,「3個の2倍」の問題にすることができる:

      各箱から飴1個を取り出す。
      (箱は3個なので)1回につき飴3個が取り出せる。
      (箱の中に飴2個なので) この取り出しは2回行える。
      このとき,飴の個数は,3個の2倍。

    「2×3」と「3×2」の両方が導けたのは,ここでつぎの行列のモデルを使えたことによる:





    つぎの問題:
      2cm のひもがあります。3本つないだ長さを求める式は?


    基本は,これを「2cm の3倍」の問題ととらえる。そしてこのとき,

        2cm ×
      = (cm × 2)×
      = cm ×(2×3)
      (2×3)cm

    となることで,「2×3」の立式となる。

    では,逆立式「3×2」は可能か?
    「3×2」が立式されるとは,最初の問題が「3cm の2倍」の問題にとらえられるということである。
    最初の問題を「3cm の2倍」の問題に解釈するには,飴の問題で「飴3個」をつくる工夫をしたときのように,「ひも 3cm」をつくる工夫をしなければならない。 そして,「飴3個」のやり方に倣うことになる:

      各ひもから1cm を切り出す。
      (ひもは3本なので)1回につき合計3cm が切り出される。
      (ひもは最初 3cm なので) この切り出しは2回行える。
      このとき,切り出したひもの合計した長さは,3cm の2倍。

    「2×3」と「3×2」の両方が導けたのは,「行列」に類比のつぎのモデル (ここでは「線分横並びモデル」と呼ぶことにする) が使えたことによる:





    だんだん解釈が苦しくなる問題にしていく:
      1秒に2度上昇します。3秒では何度上昇?


    基本は,これを「2度上昇の3倍」の問題ととらえる。そしてこのとき,

        2度上昇 ×
      = (度上昇 × 2)×
      = 度上昇 ×(2×3)
      (2×3)度上昇

    となることで,「2×3」の立式となる。

    では,逆立式「3×2」は可能か?
    「3×2」が立式されるとは,最初の問題が「3度上昇の2倍」の問題にとらえられるということである。
    「3度上昇」をつくるのに使えるモデルは,「線分横並びモデル」である:

      各「2度上昇」から「1度上昇」を切り出す。
      (「2度上昇」は3つなので)1回につき合計「3度上昇」が切り出される。
      この切り出しは2回行える。
      このとき,切り出したものの合計は,3度上昇の2倍。


    重要
    この問題に対する「線分横並びモデル」の適用では,「温度上昇」という量と (視覚表現される)「長さ」という量の数学的同型が,暗黙に用いられている。

    逆立式の解釈 (屁理屈) に,まだあなたがついて来ているとしよう。



    これまでは自然数倍だったが,こんどは有理数倍にする。
    つぎの問題 :
      1秒に1.2 度上昇します。3.4 秒では何度上昇?


    基本は,これを「1.2 度上昇の 3.4 倍」の問題ととらえる。そしてこのとき,

        1.2 度上昇 × 3.4
      = (度上昇 × 1.2 )× 3.4
      = 度上昇 ×(1.2 × 3.4)
      (1.2 × 3.4)度上昇

    となることで,「1.2 × 3.4」の立式となる。

    では,逆立式「3.4 ×1.2」は可能か?
    「3.4 ×1.2」が立式されるとは,最初の問題が「3.4度上昇の1.2倍」の問題にとらえられるということである。
    「3.4度上昇」をつくるのに,「線分横並びモデル」はもはや使えない。
    線分横並びをくっつけたモデル (「タイルモデル」と呼ぶことにする) にしなければならない:

      「1.2 度上昇の 3.4 倍」を,下図のイメージで考える。
      「度上昇の3.4倍」を,下図のイメージで考える。
      下図のイメージで,「1.2 度上昇の 3.4 倍」は「度上昇の 3.4 倍」の 1.2倍。
      「度上昇の 3.4 倍」は「3.4度上昇」




    重要
    この問題に対する「タイルモデル」の適用では,「温度上昇」という量と (視覚表現される)「面積」という量の数学的同型が,暗黙に用いられている。

    逆立式の解釈 (屁理屈) に,まだあなたがついて来ているとしよう。



    さらに,場面を「空間ベクトルに対する複素数倍」に転じる。
    つぎの問題を考える:
      単位ベクトルの z 倍として表されるベクトルを,w 倍すると?


    基本は,これを「単位ベクトルの z 倍の w倍」の問題ととらえる。そしてこのとき,

        (単位ベクトル × z )×
      = 単位ベクトル ×(z × w)

    となることで,「z × w」の立式となる。

    では,逆立式「w ×z」は可能か?
    タイルモデルは,もはや使えない。
    なぜなら,タイルモデルを使うとは,対象にしている量と (視覚表現される)「面積」の数学的同型を立てるということである。
    上の問題で倍作用として使う数は複素数であるが,「面積」において倍作用として使う数は実数までである。(この意味で,「面積」は実係数。)
    倍作用の数がそもそも異なるという理由で,線分横並びモデル (「長さ」との数学的同型を立てる) も同様に使えない。

    これまで使ってきた「モデル」は,「横断」の操作を行えるようにする視覚モデルであった。 これらのモデルは,複素数を倍作用素とする量に至っては,使えなくなる。



    結論
    1. 量の倍の倍の問題に対し数の積を逆立式するときは,行列モデル,線分横並びモデル,タイルモデルを使うことになる。
    2. これらのモデルの意味は,対象になっている量を2次元の絵に視覚表現 (同型表現) して,その絵の上で「横断」の操作を行うことにある。
    3. 線分横並びモデルの適用では,対象にしている量と (視覚表現される)「長さ」の数学的同型が,暗黙に用いられている。
    4. タイルモデルの適用では,対象にしている量と (視覚表現される)「面積」の数学的同型が,暗黙に用いられている。
    5. 複素数以上になると,適用できる視覚モデル──「横断」の操作をできるようにするモデル──はなくなる。


    数学教育的含意
    1. 逆立式では,行列モデル,線分横並びモデル,タイルモデルが使われる。
      数学的主題の学習目標を (「できる」に対する) 「わかる」に措くとき,逆立式は,モデル適用の論理の理解を伴うものでなければならない。

        論理の理解を伴わない逆立式は,,単に「できる」になる。
        この「できる」は,基本の理解の軽視に進んだり,モデルの誤用という誤りをおかしやすくする。

    2. この意味では,行列モデルの適用による逆立式は,授業内容にすることが可能。
      ──解釈にひねり/難しさがあるので,「発展的」という形の扱いになる。

    3. 一方,線分横並びモデルあるいはタイルモデルの適用による逆立式は,授業内容にできない。
      実際,その解釈もきわめて無理 (作為的) なものになる。 そして,この数学的同型の学習も簡単でない。一般には,大学数学の内容になる。