Up 要 旨 作成: 2009-02-02
更新: 2009-02-02


    しっかり勉強してわかるようになる内容なら,わかるための方策として「しっかり勉強する」が立つ。 しかし,勉強してわかろうとしている内容が,没論理のものであって,したがってそもそも<わかる>が成り立たたないものだとしたら,どうだろう? 勉強してわかろうとしている者は,とんだ無駄をさせられているわけである。 また,相手に勉強させわからせようとしている者は,知らずに相手を騙していることになる。

    学校数学の内容には,没論理のものがいろいろある。

    没論理をわかることはできない。
    わかった!」と言う者は,間違っているのである。
    没論理であることを知らずそれをわかろうとする者は,「どうしてもわからない者」を続けることになる。 その者は,わかるようにならない自分を「アタマの悪い者」にする。

    こうして,学校数学の中で,生徒は自分のことを「アタマの悪い者」にしていく。

    これは,学校数学の「わかる・わからない」の問題のうちでも,最も深刻なものである。 「わかる」がないものを「わかる」べき対象に定め,そして自らを騙して「わかった!」とできない者すべてを,「アタマの悪い者」にしてしまう。 こだわりをもたない者が学校数学を通過し,こだわりをもつ者が学校数学で沈む。

    これは,「犯罪的構造」として主題化すべき問題である。 そして,学校数学の没論理の発生理由を押さえることが,この問題へのアプローチの最初のステップになる。