Up 学校数学の勉強は何のため?」の答え 作成: 2013-11-08
更新: 2013-11-18


Making『「学校数学の勉強は何のため?」の答え』
学校数学の勉強は何のため?」の現時点答え (2013-09-22)

    
(作業中)

0. 導入

  要約

 0.1 はじめに
 0.2 「学校数学」の語用


1. 学校数学の運動原理の押さえ

 1.0 要旨

 1.1 <攪乱と均衡回帰>
  1.1.0 要旨

 1.2 学校数学=生態系/生命体/企業体
  1.2.0 要旨
  1.2.1 学校数学=生態系
  1.2.2 学校数学=生命体
  1.2.3 学校数学=企業体

 1.3 生態系/生命体/企業体の含蓄
  1.3.0 要旨
  1.3.1 何かをするものではない──無目的
  1.3.2 何でもあり──無規準
  1.3.3 同じことの繰り返し──進歩しない

 1.4 <進歩しない>のメタファ
  1.4.0 要旨
  1.4.1 「心臓の鼓動」
  1.4.2 「細胞の新陳代謝」
  1.4.3 「経済─景気変動」

 1.5 「学校数学の攪乱」のいろいろ
  1.5.0 要旨
  1.5.1 人材育成論──学校数学出口論
  1.5.2 「生きて働く力」対「基礎基本」
  1.5.3 "新指導要領"
  1.5.4 「数学的○○」


2. 学校数学の<茫漠>の押さえ

 2.0 要旨

 2.1 「何でもあり」
  2.1.0 要旨
  2.1.1 「学校教員」の含意として──授業は教員の自分本位
  2.1.2 「生態系/生命体/企業体」の含意として

 2.2 「無用の用」
  2.2.0 要旨
  2.2.1 「構成」の含意としての「無用の用」
  2.2.2 「新陳代謝」の含意としての「無用の用」


3. 「学校数学は何のため?」──問いの構造と類型

 3.0 要旨
 3.1 学校数学は何のため?」の答えの構造
 3.2 学校数学は何のため?」の答えの類型
 3.3 学校数学は何のため?」の答えの不明


4. 「学校数学の勉強の得は?」──問いの画定

 4.0 要旨

 4.1 「何のため?」を「勉強の得は?」に
  4.1.0 要旨

 4.2 「得は,形式」──「学校数学=形式陶冶」
  4.2.0 要旨
  4.2.1 勉強の<得>を「数学ではないもの」にする必要
  4.2.2 「学校数学=形式陶冶」


5. 「得は,形式が届くカラダ

 5.0 要旨

 5.1 「形式」の存在措定
  5.1.0 要旨
  5.1.1 「形式陶冶」の含蓄する「形式」は内なる存在
  5.1.2 「内なる形式」は,表象主義
  5.1.3 形式は,内ではなく外にある
  5.1.4 「内」を退ける理由
  5.1.5 <分野・領域>は,<形式>と相応じる
  5.1.6 現前が形式の潜在性である理由

 5.2 「形式が届く」とは?
  5.2.0 要旨
  5.2.1 「形式が届く」の存在論
  5.2.2 「求めるものが届く」の解釈
  5.2.3 「転移」
  5.2.4 <形式が届く>は, <我を空しく>と相応じる

 5.3 「形式が届くカラダ」の成長
  5.3.0 要旨
  5.3.1 「成長」は「形式が届くカラダ」の成長
  5.3.2 成長は,「迂遠」プロセス
  5.3.3 経験の「堆積と風化」
  5.3.4 経験の「無用の用」

 5.4 「形式」の個人差
  5.4.0 要旨
  5.4.1 形式の捉えの個依存性
  5.4.2 形式と年齢 (経験年数) の関係


6. 比較 :「作用主陶冶」

 6.0 要旨

 6.1 「形式陶冶説批判」は「作用主陶冶」批判
  6.1.0 要旨
  6.1.1 「形式陶冶」を「作用主陶冶」に解釈
  6.1.2 学校数学における「作用主陶冶」の位置づけを誤る

 6.2 「作用主陶冶」は<学校数学=企業体>の絶対命題
  6.2.0 要旨
  6.2.1 <学校数学=企業>は,「作用主陶冶」の企画・営業
  6.2.2 「数学的○○」


7. 勉強に「数学の勉強」が択ばれている理由

 7.0 要旨


8. 「授業等価/授業運」の立論

 8.0 要旨

 8.1 「授業等価/授業運」定立の必然
  8.1.0 要旨
  8.1.1 「自分の得は,他と比べてどんな?

 8.2 「授業等価」
  8.2.0 要旨

 8.3 「授業運」
  8.3.0 要旨


9. 閉じ

 9. おわりに