Up 複雑系に挑む 作成: 2008-08-05
更新: 2015-12-10


    客観性達成率が,「学」の科学率ということになる。
    扱う系が単純であれば,学は科学にし易い。
    扱う系が複雑になるほど,学は科学にし難い。

    科学の命題の基本形の一つが:
      「物Aを叩いたら音aが出る」
    数学教育の<知>の最終形として想念されているのは,これである。──すなわち:
      「これこれの指導をすることによって,生徒はこのように変容する」

    しかし,数学教育は,複雑系である。
    「物Aを叩いたら音aが出る」の表現は,とてつもなく複雑なものになる。
    「これこれの指導をすることによって,生徒はこのように変容する」──この「変容」は,長期の,そしていろいろな要素が総合・統合された,複雑な過程である。

      今朝食べたほうれん草の意味を,「カラダのここにこんなふうに結果している」みたいには言えない。 追跡不能という理由からではなく,他のいろいろな契機といっしょになってカラダのことに関わるからである。
      教育効果もこれと同じ


    複雑系の学で科学率を高める方法は?
    単純な発想としては:
    1. 複雑系を「複数の単純系の構成する構造体」の形に分析し,
    2. 各単純系で科学を実現し,
    3. これらの科学を統合して,複雑系の科学を得る。
    実際,現前の「数学教育学」は,この種のアプローチとして,事後の生徒に試験やアンケートで答えさせ,実験群と制御群の間の有意差を検定するといったことを行う。

    しかし,「教育」ほどの複雑系になると,この方法は成り立たない。
    ──実際,成り立たないから,「複雑系」と謂うわけである。


    数学教育学のスタンスは,科学である。
    しかし,科学のスタンスと科学の実現の間には,千里の階梯がある。
    数学教育学は,この階梯を己の棲む場所と定めるものである。