Up 「理論」 作成: 2017-07-26
更新: 2017-07-28


    学校数学の内容は,オーソライズされねばならない。
    学校数学の内容は,「理論」を以てオーソライズされる。

    学校数学は,国策の一モジュールである。
    学校数学のオーソライズは,国策のオーソライズである。
    「理論」は,国策をオーソライズするものである。

    オーソライズしようとする国策は,いまは「グローバル商品経済世界で勝ち組になる」である。
    学校数学は,「グローバル商品経済世界で勝つ/負けない人材を送り出す」がゴール概念になる。
    こうして,「理論」は,「グローバル商品経済世界で勝つ/負けない人材」の理論になる。

    「グローバル商品経済世界で勝つ/負けない人材」の理論は,グローバル商品経済の本家本元であるアメリカから発信されてくる。
    「理論」づくりは,これをそのまま受けるのが理に適っている。
    オーソライズと手軽さとそして責任回避のすべてが,これで適うからである。

    「理論」は,いまは「数学的リテラシー Mathematical Literacy」である。
    これの前は,「数学的問題解決 Mathematical Problem-solving」であった。
    そしてその前は,「数学的考え方 Mathematical Thinking」である。


    この位相で行う「理論」づくりは,役務である。
    これを行う立場にいる者がこれを行う,というものである。

    そもそも,「理論」は,空回りする。
    実際,学校数学の内容に反映されない。
    反映されないのは,反映させようとしている「理論」がそもそも間違っているからである(註)

    「数学的○○」──「数学的リテラシー」「数学的問題解決」「数学的考え方」──の中身は本質的に同じである。
    ではなぜ同じことが繰り返されるのか。
    繰り返さないわけにはいかないからである。

    商品経済に「目的」はない。
    商品経済は,自己目的が目的である。
    この自己目的の実現の形が,「一定の物価上昇」である。
    よって,「一定の物価上昇」が商品経済の目的である。
    商品経済は,為にする営みであり,「一定の物価上昇」の為にする営みである。

    景気は,上下する。
    学校数学にも景気がある。
    その景気を,「数学的○○」がつくっている。
    一つの「数学的○○」が起こり,好景気をつくる。
    ピークに至って,減衰モードに入る。
    底を打つものは,新しい「数学的○○」の登場である。

    この周期はおよそ20年である。
    この年数が,世代交替が起こる年数と一致していることは偶然ではない。
    同じものが新しいものとして登場できるためには,忘却が要る。
    「数学的○○」の登場では,世代忘却が使われているのである。


    『学習指導要領』の意義も,結局は《景気サイクルを循環させる》である。
    「数学的○○」の 20年周期に対し,『学習指導要領』はおよそ10年周期の景気サイクルをつくっている。


    註 : 「理論」を役務で処す者に対し,「理論」を正しい理論として真面目に立てようとする者がいる。
    彼らは,「認知科学」を思考様式にする者たちである。
    この思考様式は,言語写像論である:
      出来事は,ことばでこれを記述したことが起こっている
      頭の中の出来事は,ことばでこれを記述したことが起こっている
    彼らは,「数学的○○」の記述に取り掛かる。
    「数学的問題解決」の時代には「モデル」が流行ったが,「出来事の記述」「頭の中の出来事の記述」をせっせとやっていたわけである。
    彼らの間違いは,自分が「問題解決」と認識したら,それを存在レベルで「問題解決」にしてしまうことである。