Up 「AI は人類を滅ぼすか?」論の間違い方 作成: 2023-05-24
更新: 2023-05-24


    自分を無用の者にしそうな新しいテクノロジーの登場に際すると,ひとは「人類が滅びる」の論を求め,キャンペーンを求める。
    互いに求め合い,「人類が滅びる」論は一時盛んになる。
    一時盛んになって,しぼむ。
    しぼむのは,飽きるからである。
    そしてその新しいテクノロジーは,どのみち,アタリマエのものとして普及・定着する。
    テクノロジーとは,そして人間とは,こういうものである。


    自分を無用の者にするテクノロジーとは,自分を負かすテクノロジーである。
    そこで,「人類が滅びる」論の基調は,「人類は負かされてはならない」である。
    AI の場合だと,「人類はインテリジェンスで負けることがあってはならない」である。

    「人類はインテリジェンスで負けることがあってはならない」を言うのは,「神曰へリ、人を我等の像と、我等の肖とに從ひて造るべし」の文化である。
    「八百万の神」の文化なら,人間はインテリジェンスにおいて他の生き物と同列であり,他の生き物から色々負かされてあたりまえ,となる。

    ひとは,AI に色々負かされる。
    それだけのことである。
    人間は他のものに色々負かされている。
    この人間を負かす諸々のうちに,AI が加わるだけのことである。


    実際,ひとは自分が相手から負かされる分野では,相手と勝負しない。
    相手とうまく折り合うやり方を択る。
    AI の場合も,同じである。

    ひとが AI を必要とするとき,それは<生存競争で自分が敗れないための力>として必要とするのである。
    ひとの AI の用い方は,<競争力として使う──その限りで使う>である。
    競争から離れたところでは,AI と特段係わろうとはしない。

    「人類が滅びる」論をつくる者は,「人類が滅びる」の内容を思考停止している。
    「人類が滅びるとはどういうことか?」が,スッポリ抜けている。
    彼らは,「帝国の滅亡」と「人類の滅亡」をいっしょくたにしているのである。


    SFは,コンピュータ/AI が招く人類の危機を描いてきた。
    その定番は,コンピュータ/ AI が人類の「マザー」となって人類を指導する,である。
    この絵は,間違い。
    AI は,一つにはならない。

    AI を競争力に用いようとする人間は,使用する AI の差別化を戦略にする。
    文章生成 AI は ChatGPT がこれの代名詞になっているが,ChatGPT は実質マイクロソフト社製品である。
    GAFA はそれぞれ,これに対抗する AI を用意している。
    後塵を拝してきた日本も,「富岳」を使った生成AI 開発プロジェクトを立ち上げたところである。

    ひとは,一つのものを必ずバラバラにする。
    生物の DNA がこれをさせるのである。
    いま世に現れている生成AI アプリケーションは,ちょっと経てば,ほぼみんな無くなる。
    確信を持ってこう言えるのは,コンピュータのアプリケーションがそうだったからである。