ゲノム編集
- ステップ
- 人工ウィルス
- ウィルスなので, 「細胞への移植」を考えないで済む
- 細菌で,<ゲノム合成 → 細胞への移植>
- Venter : Mycoplasma mycoides (2010)
- ヒトゲノム合成 HG-Write
- 「人工 DNA をもつヒト細胞」
- ゴール :「親のいない人間」
- 合成生命 synthetic life
- 現状
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山内一也 (2018), pp.79,80
生命についてさまざまな見解が飛び交う中、2002年に「ポリオウイルスを化学合成した」というショッキングな報告が発表された。
細胞を介さずに、単なる物質にすぎない原子をつないで、感染力を持つ生きたウイルスを試験管内で作ったというのである。
ニューヨーク、ストーニー・ブルック大学のエッカード・ウィンマーは、まずポリオウイルス粒子の実験式を求めた。
すると C332,652 H492,388 N98,245 O131,196 P7,501 S2,340 となった。
これはウイルスの化学的側面を示していたが、各元素がそれぞれいくつつながっているかを表しているだけでどんな順番かはわからないため、化学合成には役立たない。
そこで彼は、実験式ではなく遺伝子の塩基配列を出発点にして、ポリオウイルスを試験管内で合成することを試みた。
ポリオウイルスの遺伝子は、約7500個の塩基からなる一本のRNAである。
これだけの長さのRNAを化学合成することはできないので、彼は、数多くの短い配列に分けて、それぞれに相補的な二本鎖DNAをメールで発注した。
そして、合成されたそれらをつないで約7500塩基対の二本鎖DNAを作成した。
そこには、ポリオウイルスのゲノムのすべての遺伝情報が含まれている。
彼はこの合成DNAを細胞に導入して、遺伝情報をRNAに転写する酵素を用いてRNAを作り出した。
それは感染性のあるポリオウイルスそのものであった(15)。
それまで、親のゲノムがなければ、子は細胞であれウイルスであれ生じないと信じられていた。
彼らの試みは、ポリオウイルスを化学の範疇にまで還元して見せ、生物学の基本的原則を打ち破ったと言えるだろう。
そして、生命とは何かという問題がふたたび持ち上がった。
ウィンマーは、「ポリオウイルスは生きているのか、それとも死んでいるのか」と尋ねられた時、答えはどちらもイエスであり、ウイルスは生きていないものと生きているものの両側面を持つと述べている。
「細胞外ではピンポン球と同様に死んでおり、結晶化できる化学物質であり、化学合成したポリオウイルスと同じ立体構造を持っている。しかしこの化学物質は、細胞の中で生存するためのプランを持っている。その増殖は、遺伝、遺伝子変異、適者の選択といった、進化の法則にしたがっている」として、生命休と区別できないと主張している(16)。
ヒトゲノム計画で中心的役割を果たしたクレイグ・ヴェンターは、2010年に小型の細菌であるマイコプラズマの全ゲノムを化学合成し、近縁のマイコプラズマに導入して、宿主のゲノムと入れ替わった人工生命を作り出した。
これは、ウィンマーが化学合成したポリオウイルスと同様に、現存するゲノムをコピーしたものにすぎない。
それでも人工生命誕生の衝撃は大きく、オバマ大統領 (当時) は生命倫理委員会を即座に立ち上げ、ローマ法王庁はヴェンターに質問状を送った。
2016年、さらにヴェンターは、増殖に必要な最低限の遺伝子473個を持った人工生命を作り出した。
このゲノムはコピーではなく、新たにデザインされたものである(17)。
15) |
Cello, J., Paul, A.V. & Wimmer, E. : Chemical synthesis of poliovirus cDNA: generation of infectious virus in the absence of natural template. Science, 297, 1016-1018, 2002.
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16) |
Wimmer, E. : The test-tube synthesis of a chemical called poliovirus. EMBO reports, 7, 53-59, 2006.
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17) |
Callaway, E. : 'Minimal' cell raises stakes in race to harness synthetic life. Nature, 531, 557-558, 2016.
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- 参考ウェブサイト
- 引用/参考文献
- 山内一也『 ウイルスの意味論──生命の定義を超えた存在』, みすず書房, 2018.
- 須田桃子『合成生物学の衝撃』, 文藝春秋, 2018.
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