Up 「散逸構造」の意味 作成: 2017-09-12
更新: 2017-09-13


    部屋の暖房を考える。

    部屋の暖房は,つぎのような,非平衡な熱分布の定常状態である:

    この定常状態は,<熱する>と<熱が外に逃る>の均衡状態である。
    一定の熱分布が,熱の「新陳代謝」によって維持されている。

    この「新陳代謝」を,プリゴジンは「散逸 dissipation 構造」と称した。
    日常語の dissipation の意味は「消散・浪費」であるが,部屋の暖房はたしかに「燃資源の消散・浪費」である。


    部屋の暖房──<燃資源を外から得る>と<熱が外に逃る>──は,部屋空間という系が環境と相互作用しているというふうに見ることができる。
    暖房において,部屋空間は外に開いた系──「開放系」──である。

    「開放系」の意味は,「孤立系ではない」である。
    いま,部屋を突然孤立系にすると,部屋の熱分布は均等の熱分布に移行し,この状態で定常となる:

    この移行を説明する概念が,「エントロピー増大」である。


    「エントロピー」のことばは,間違って使われることがひじょうに多い。
    生物を「エントロピー増大則の否定」のように論ずる類が,これである。
    ──生物を「エントロピー増大則の否定」にするのは,暖房されている部屋を「エントロピー増大則の否定」にするのと同じである。

    生物は,新陳代謝で生きている。新陳代謝で生きている生物は,開放系である。
    ──暖房されている部屋が開放系であるのと,同型である。
    そして,「エントロピー」は,「開放系」に適用する概念ではない。
    「エントロピー」は,「孤立系」に関する概念である。 ──つぎが,文脈になる:
     「 生物を孤立系にすると,生物はエントロピー増大則に従う──死に至り,そこで止まる。
     「 部屋を孤立系にすると,部屋はエントロピー増大則に従う──均等の熱分布に至り,そこで止まる。

    繰り返し強調するが,「エントロピー」は「開放系」に適用する概念ではない。
    (新陳代謝で生きている)生物は,これについてエントロピーがどうのを言う対象ではない──特に,エントロピー増大則の否定ではない。
    暖房されている部屋は,これについてエントロピーがどうのを言う対象ではない──特に,エントロピー増大則の否定ではない。

    なお,暖房されている部屋とこれの環境を合わせて,孤立系を想うことができる──これを,Uとする。 (このとき部屋は,Uの中に存在しているストーブの一つといったふうになる。) このUに対しては,エントロピー増大 (「資源蕩尽」) を主題にすることができる。
    もっとも,この孤立系Uは,地球規模でも収まらない。──地球には太陽からの熱/エネルギーが降り注いでいる。
    孤立系を想うことは,そう単純なことではない。


    まとめ
    「散逸構造」は,「新陳代謝」の構造を指すことばである。
    ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」──これが「新陳代謝」である。
    河は,水の浪費 dissipation を以て自身を保つ。
    「新陳代謝」のこの面を指して言えば,「新陳代謝」は確かに「散逸 dissipation 構造」である(註)


     註 :  Prigogine, Ilya & Stengers, Isabelle : Order out of chaos ─ Man's new dialogue with Nature, Bantam Books, 1984.
    伏見康治・他[訳]『混沌からの秩序』, みすず書房, 1987, p.204.
     
    古典熱力学は,結晶のような「平衡構造」の概念を生む。
    ベナール細胞も構造であるが,全く異なった性格のものである。
    これがわれわれが「散逸構造」という概念を導入した理由である。
    プリゴジン自身によるこの説明は,しかしミスリーディングである。
    「散逸構造」に「巨大なゆらぎ」のようなイメージをもたせてしまうからである。
    「平衡構造」と「散逸構造」の対比の本質は,あくまでも「孤立系」と「開放系」の対比──「孤立系に特徴的な定常状態」と「開放系に特徴的な定常状態」の対比──である。
    液層の底面の加熱による液状変化は,「ベナール細胞」に至ったところで「散逸構造」になるわけではない。それより前の段階の「熱が伝導によってのみ伝達される定常状態」のところで,すでに「散逸構造」である。