Up ミスリーディング :「日本列島人の遺伝的変遷 (遺伝子解析) 作成: 2016-06-20
更新: 2019-11-18


      斎藤成也・他 (2012)
    今回、研究グループは、ヒトゲノム中のSNP (単一塩基多型) を示す100万塩基サイトを一挙に調べることができるシステムを用いて、アイヌ人36個体分、琉球人35個体分を含む日本列島人のDNA分析を行った。
     ‥‥‥
    1万年以上前から、日本列島には縄文人が広く薄く居住してきたが、3000年ほど前に大陸からの渡来人(Yayoi ancestors)が稲作農耕をもたらして、弥生時代が始まった。
    その後、九州、四国、本州の本土日本人は旧石器時代、縄文時代以来の先住民と大陸からの渡来民との遺伝子交流がひんぱんに生じたが、北海道を中心に居住していた人々は農耕を受け入れず、独自の文化をその後も維持して、その後アイヌ文化を生み出していった。
    そのあいだに、北方から渡来したオホーツク人とも遺伝子交流があり、さらに近世以降は本土日本人との遺伝子交流が活発になり、現在にいたっている。
    この結果、アイヌ人は縄文的要素をもっとも色濃く伝えている。
    琉球人は、九州からもたらされた稲作農耕を受容するとともに、本土日本人との遺伝子交流が歴史時代を通じて存在したが、なお縄文時代以来の先住民のDNAを、本土日本人よりは高く保持している。
    このため、北のアイヌ人からみると、南の琉球人が遺伝的に本土日本人よりも近い状況になっている。




    「アイヌ人36個体」「琉球人35個体」?
    はて,「アイヌ人」「琉球人」をどうなふうに決めたのか?
    学者らしからぬこの(てい)は,つぎの事情による:
      Marks (2002), p.87.
    遺伝学者は、人類学者が人種が何であるかを決めたと考える。
    民族学者は、遺伝学によって正当性が証明された法則が自分の分類に具体化されていると考える。
    政治家は、自分の偏見が遺伝学の法則によって支持され、形質人類学の発見によって支えられていると信ずる」


    「〇〇人のDNA型」というものはない。
    「〇〇人のDNA型」を言い出すのは,「〇〇」とは何かを考えたことのない者である:
      同上
    pp.74,75.
     人種による分類が生物学的に然るべき裏付けがないと教えることは、一七世紀に地球が太陽の周りを回る──太陽が昇り、空を横切り、反対側の地平線に沈むのは誰にもはっきり見えるというのに──と説いたときと同じくらい挑発的になることがある。
    こんなにはっきり目に見えるものを、いったいなぜ否定できるのか。
    もちろんすべての科学的突破口は、このような通俗的な知恵を否定して、同じデータに対してより新しい分析的な解釈を施すことによって開かれてくるものだ。
     我々が自然のうちに認める秩序がなんら自然の秩序でなく、自分自身の秩序を自然の上に重ね合わせたものだというのは、考えにくいことではある。
    それにもかかわらずこれこそ近代人類学の偉大な教訓の一つであり、とりわけ人間の分類の歴史のうちで遺伝学的なデータによって明示され、一貫して補強され続けてきたものだ。

    p.93
    我々にはなぜ人間の集団が互いに別の集団と違って見えるのかを知っている──それぞれが多様な気候に適応して、自分たちの遺伝子プールの歴史にいろいろ違う変化を受けてきたのだ。
    また近隣に住むもの同士が似ている理由もわかっている──集団が共存する場所ではどこでも、コール・ポーターが一言うところの「合体(マージ)する衝動(アージ)」が必ず生じてくるのだ。

    p.94
     分割し分類することは文化的な行為であり、自然のパターンに恋意的な決定を押しつけること──とりわけ一つの種の中に自然界に存在しない境界を築く場合には──を意味している。



  • 引用・参考文献
    • Marks, Johnathan (2002) : What It Means to be 98% Chimpanzee : Apes, People, and their Genes
      • University of California Press, 2002
      • 長野敬・赤松真紀 [訳]『98%チンパンジー 分子人類学から見た現代遺伝学』, 青土社, 2004.
    • M.F.Hammer, T.M.Karafet, H.Park, Keiichi Omoto (尾本惠市), Shinji Harihara (針原伸二), M.Stoneking, Satoshi Horai (宝来聰), Dual origins of the Japanese: common ground for hunter-gatherer and farmer Y chromosomes, J Hum Genet, 51, 2006, pp.47–58.
    • 宝来 聰 (ほうらい さとし), 『DNA 人類進化学』(岩波科学ライブラリー 52), 岩波書店, 1997
    • 中堀 豊, 『Y染色体からみた日本人』(岩波科学ライブラリー), 岩波書店, 2005
    • 崎谷 満
      • 『DNA・考古・言語の学際研究が示す新・北海道史──アイヌ民族・アイヌ語の成立史』, 勉誠出版, 2008
      • 『DNAでたどる日本人10万年の旅 多様なヒト・言語・文化はどこから来たのか?』, 昭和堂, 2008
      • 『新日本人の起源 神話からDNA科学へ』, 勉誠出版, 2009
    • 篠田 謙一
      • 『日本人になった祖先たち──DNAから解明するその多元的構造』(NHKブックス), 2007
      • 『DNAで語る日本人起源論』(岩波現代全書 073), 岩波書店, 2015
    • 斎藤成也・他 (2012) :「日本列島3人類集団の遺伝的近縁性」, http://archive.md/zv6Ok2
      • The history of human populations in the Japanese Archipelago inferred from genome-wide SNP data with a special reference to the Ainu and the Ryukyuan populations (ゲノム規模のSNPデータから推論された、アイヌ人と琉球人に特に着目した日本列島人類集団の歴史),
        Journal of Human Genetics、Nature Publishing Group、2012 年11月1日オンライン版

  • 参考Webサイト