Up 「人情」を,採る 作成: 2018-06-10
更新: 2018-07-23


    本居宣長は,古言を研究し,つぎの主張をする者である:
     「 万葉集,源氏物語,古事記は,それをつくった心──古人の心──に即して読め」
     「 いまの学者は儒仏に傾倒した心でこれらを注釈している──それはとんだ料簡違いだ」

    この主張は,まっとうである。
    実際,これは,人類学や動物行動学が立てている原則──「対象の解釈に自分の規準を持ち込まないこと」──と同じである。

    彼の探求の方法論は
      「○○を理解するためには,(下手でも)自ら○○を実践する」
    であり,これも道理である。


      本居宣長『排蘆小船』
    ヨキ歌ヲヨマムト思フ心ヨリ、詞ヲエラヒ意ヲマフケテカザルユヘニ、實ヲウシナフ事アル也、
    ツネノ言語サへ思フトヲリアリノマゝニハイハヌモノ也、
    況ヤ歌ハホトヨクヘウシオモシロクヨクヨマムトスルユへ、我實心トタカフ事ハアルベキ也、
    ソノタガフ所モスナハチ實情也、
    其故ハ、心ニハ悪心アレトモ善心ノ歌ヲヨマムト思フテヨム歌ハ、イツハリナレトモ、ソノ善心ヲヨマムト()()心ニ、イツハリハナキ也、
    スナハチ實情也、
    タトヘハ花ヲミテ、サノミオモシロカラネト、歌ノナラヒナレハ、随分面白ク思フヤウニヨム、面白ト()()偽リナレド、面白キヤウニヨマムト()()心ハ實情也、
    シカレハ歌ト云モノハ、ミナ實情ヨリ出ル也、
    ヨクヨマムトスルモ實情也、
    ヨクヨマムトオモヘト、ヨクヨメバ實情ヲウシナフトテ、ワルケレトアリノマゝニヨム、コレ、ヨクヨマムト()()心ニタカフテ偽也、 サレトモ、實情ヲウシナフ故ニ、アリノマゝニヨマムト()()モ、又賓情也、

      本居宣長『排蘆小船』
    題ヲトリテ、マヅ情ヲモトメ、サテ詞ヲトゝノフル也、
    コノ時ニアタツテ、情ヲモトムル事、(サキ)ニアレトモ、ジタイ情ハモトムルモノニハアラズ、
    情ハ自然也、
    タゞ求ルハ詞也、
    コノ故ニ、詞ヲトゝノフルガ第一也トハ云也、


    本居宣長は,「人情」の肯定を以て,儒教・仏教が立てる「善悪・倫理」を退ける。
    「善悪・倫理」を退けるのに「人情」を以てする実践行為を, 「文学」と謂う。
    本居宣長の「人情」論は,「文学」本質論になっている。

      本居宣長『排蘆小船(あしわけおぶね)
    歌ノ本体、政治ヲタスクルタメニモアラズ、身ヲオサムル為ニモアラズ、
    夕ヽ心ニ思フ事ヲイフヨリ外ナシ、
    其内ニ 政ノタスケトナル歌モアルベシ、身ノイマシメトナル歌モアルベシ、又国家ノ害トモナルベシ、身ノワザハイトモナルベシ、
    ミナ其人ノ心ニヨリ出来ル歌ニヨルヘシ、
    悪事ニモ用ヒラレ、善事ニモ用ヒラレ、興ニモ愁ニモ思ニモ喜ニモ怒ニモ、何事ニモ用ヒラル也、
    其心ノアラハル所ニシテ、カツソノ詞幽玄ナレハ 鬼神モコレニ感スル也
     ‥‥
    夕ヽ善悪教誡ノ事ニカヽハラズ、一時ノ意ヲノフル歌多キハ、世人ノ情、楽ミヲハネガヒ、苦ミヲハイトヒ、オモシロキ事ハタレモオモシロク、カナシキ事ハタレモカナシキモノナレハ、只ソノ意ニシタカフテヨムガ歌ノ道也

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