Up 漂泊民文化「サンカ」 作成: 2018-10-07
更新: 2018-10-07


    ひとは,「生活者」を「定住生活者」の相でイメージする。
    「非定住生活者」を捨象する。

    定住生活者に対し,非定住生活者がある。
    定住生活者が法制的存在であるのに対し,非定住生活者は法制の埒外になる。
    「埒外」とは,「無籍」ということである。

    非定住生活は,自給自足生活とそうでないのに分かれる。
    このときの自給自足生活は,漁猟採集生活ということになる。
    しかしこれは,土地を「国土」として統制する体制ができると,不可能なものになる。
    よって,松前藩がアイヌ隔離政策を以て統治した北海道を除いて,非定住生活者は定住生活圏と交わって生きる者になる。

    この生活は,近年ものとしては,つぎの形態が挙がる:
    1. 定住生活者から施しを受ける
    2. 川漁を営み,獲物の余剰を定住生活者に売る
    3. 職能者として,定住生活者から仕事の対価を得る
    但し a, b は,広義には c に包含されることになる。
    そしてこのcが,「サンカ」の総称で民俗学/歴史学の主題になる。

    職能系サンカの概念が立つのは,その職能が彼らならではのもの──他の者には真似できない特技──であることによる。
    職能は,細工と芸能がある。
    細工は,()(おさ)作りに代表される──細工系サンカ。
    現前の民俗学に「芸能系サンカ」の概念は無い。
    しかし,「クグツ」(註) との系譜的連なりを「サンカ」に見ようとするのが現前の民俗学である上は,(「芸能系クグツの近代型」の意味であれ)「芸能系サンカ」が措かれてしかるべきである。


      註. 大江匡房『傀儡子記』
    傀儡子者,無定居、無當家,
    穹廬氈帳,逐水草以移徙,
    頗類北狄之俗。

    男則皆使弓馬,以狩獵為事。
    或跳雙劍弄七丸,
    或舞木人、闘桃梗,
    能生人之態,殆近魚龍曼蜒之戲。
    變沙石為金錢,化草木為鳥獸,能誑人目。

    女則為愁眉、啼粧,折腰步,齲齒咲,施朱傅粉,倡歌淫樂,以求妖媚。
    父母夫聟不誡告,
    亟雖逢行人旅客,不賺一宵之佳會。
    徵嬖之餘,自獻千金繡服錦衣、金釵鈿匣之具,莫不異有之。

    不耕一畝田,不採一枝桑,
    故不屬縣官,皆非土民。自限浪人,
    上不知王公,
    傍不怕牧宰。
    以無課役,為一生之樂。
    夜則祭百神,鼓舞喧嘩,以祈福助。

    東國美濃、參川、遠江等黨,為豪貴。
    山陽播州、山陰馬州等黨次之。
    西海黨為下。
    其名儡,則小三、日百、三千載、萬歲、小君、孫君等也。
    動韓娥之塵,餘音繞梁,
    聞者霑纓,不能自休。
    今樣、古川樣、足柄、片下、催馬樂、黑鳥子、田歌、神歌、棹歌、辻歌、滿固、風俗、咒師、別法等之類,不可勝計。
    今即是天下之一物也,
    今誰不哀憐者哉。

    現代語訳 ( 筒井功 (2012), pp.159,160 )
    傀儡子には定まった居定地も、ちゃんとした家もない。
    天幕 (穹盧氈帳(きゅうろせんちょう)) で暮らしながら、水草を()うような移動生活をしている。
    それは中国北方の異民族の習俗に、すこぶる似ている。

    男はみな弓馬を使い、狩猟をもって生業としている。
    あるいは (お手玉のように) 二本の剣を空中に投げ上げては受け、七つの球を同時に操って同じことをする。
    あるいは木製の人形を舞わし、桃の木で作った人形を闘わせて、さながら生きた人間のような動きをさせる。
    それは作り物の魚龍が本物のように体をくねらせる (中国の) 幻戯を思わせる。
    ほかにも沙(砂)石を変じて金銭にしたり、草木を化して鳥獣とする手品を演じて、よく人の目をくらませる。

    一方、女の方は愁眉(しゅうび)啼粧(ていしょう)折腰歩(せつようほ)齲歯咲(くししょう) (以上は要するに化粧の仕方や、愛敬・嬌態の動作) し、また(ベに)白粉(おしろい)をぬり、みだれた歌やみだらな音楽で、なまめき()びる。
    両親も女の夫も、これをいましめない。
    しばしば道行く人、旅の者に会っても一夜のちぎりをいとわない。
    (客は) 彼女らを呼んで自ら千金の繍服(しゅうふく)・錦衣 (上等の衣服) や金釵(きんさ)鈿匣(でんこう) (金のかんざしと青貝細工のこばこ) を与えるので、みなそのようなものを持っている。

    一畝の田も耕さず、一枝の桑も採らない。
    だから朝廷には隷属せず、みな農民ではない。
    自ら戸籍を離れた流浪の民である。
    上は王公を知らず、また地方長官を(おそ)れない。
    課役がないことをもって一生の楽しみとしている。
    夜は百神を祭り、これを鼓舞し、はやしたてて福助を祈る。

    東国の美濃・三河・遠江(とおとうみ)などの党は豪貴であり、山陽の播州、山陰の馬州 (但馬(たじま)) などの党がこれに次ぎ、西海の党は下である。
    名儡(めいらい) (有名な傀儡子) として小三・日百・三千載・万歳・小君・孫君などがいる。 (その歌は) 韓娥(かんが) (古代中国の名歌手) のように、「(ちり)を動かして余音は(はり)をめぐる」(歌の上手なことを意味する)。
    聞く者は冠の紐をぬらして、涙をとめることができない。
    今様(いまよう)古川様(ふるかわよう)足柄(あしがら)片下(かたおろし)催馬楽(さいばら)黒鳥子(くろとりこ)・田歌・神歌・(さお)歌・辻歌・満固(まこ)風俗(ふぞく)呪師(じゅし)・別法など、たくさんの種類がある。
    そのすばらしいことは天下の一物 (すぐれたもの) であり、だれが哀憐せずにいられょうか。


    引用・参考文献
    • 大江匡房『傀儡子記』, 1087.
    • 筒井功 (2012) :『サンカの起源』, 河出書房新社, 2012.